「ーーきて。名前さん、熱に魘されている場合じゃ無くなったわ、直ぐに起きて」

「・・・ん、哀ちゃ・・・どうしたの?」


ぐらりと揺すぶられて気が付いた。いつの間にか意識が飛んでいたらしい。必死に私を揺さぶっていた哀ちゃんの表情から察した通り、状況は最悪だ。宅配業者を装った男2人がまさに犯罪者の顔をしてコナンくん達を見下ろしている。


「貴女はまだ気付かれてないわ。何かいい策は無いの?江戸川くんに頭は切れるって聞いたけど」

「・・・こうなったらもう、強行突破しか・・・。格闘技には向かないって言われたけど自分ではそこそこ出来るつもりの技はあるから・・・」

「でも、意識を保つのに精一杯の今の状態じゃ無理ね」

「大丈夫、何とかするわ」


ーー頑張れ、私。この子達を無事に返すんだ。

強く自分に言い聞かせ、奮い立たせた。この死角から一気に飛び出せば少しは怯ませる事が出来る筈。そして必ず隙が生まれる。そこを狙えば何とかなる。いや、何とかするんだ。しかし、その必要は無くなった。飛び出すタイミングを測っていたその時、大きなクラクションの音が耳に入った。

トラックの後ろに付け、車から降りてきたのは見覚えのある男。


「すみませーん!この路地狭いから・・・譲ってもらえますか?傷つけたくないので・・・」


自信に満ちたその声に、不覚にもホッとした。"あぁ、これで助かった"と心底安心した自分にも驚いた。


「・・・ッ!?ちょ、名前さん!?」


頭がクラッとして、冷たい冷凍車の床に倒れた衝撃が体に響く。視界の隅には鮮やかなパンチを決めるバーボンがいて、しっかりして!と怒鳴る哀ちゃんの声がぼんやりと響いた。


■■■


・・・災難だったな。こんな事件に巻き込まれるなんて。俺が駆けつけていなかったらどうなっていたことか。2人の犯人を縛り上げるとホッとした表情になる子供たち。無事解決して良かったと思ったが、トラックの奥に横たわる影とその傍にもう一人女の子がいるのが分かった。


「もしかして、それは名前ちゃんかい?」

「えっ、あ!安室の兄ちゃん!!」


コナンくんの焦ったような声。俺が荷台に足をかけると同時に、側にいた女の子は逃げるようにコナンくんの後ろへ隠れた。横たわわっていたのはやはり、苗字名前。随分と顔色が悪い。額に手を当てると冷凍車に長い間いたとは思えないほど熱が感じられた。

ーーこれは、チャンスと言っていいのだろうか。普段の血気盛んな彼女からは何も聞き出す事は出来ないだろうし、呼んだ警察が来てしまえば接触することは難しい。周りの目がある中で敵意を剥き出しされては困る。やはり、彼女が弱っている今こそ素性を暴くチャンスだ。


■■■


気付いていないと思ったがやはりバーボンの目は鋭く、コンテナの一番奥に横たわってる名前さんを見つけた。そして犯人を縛り上げた後、荷台に乗り込み彼女の元へと歩み寄った。俺からでは、バーボンが名前さんの側でしゃがみ込み、何をしているのかは見えない。


「あ、安室さん!名前さん熱があるみたいだから早く病院に・・・」

「あぁ。僕が預かるから、心配しなくて良いよ。知り合いに腕の立つ医者がいるんだ。君達はこの家の阿笠博士という人と約束しているんだろう?」


ーー予想外の返事だった。それに、まさか名前さんを抱き上げて降りてくるとは。一体彼女をどうしようというんだ。


「わぁっ!お姫様抱っこだ!!いーなー!!」

「イケメンさんがやると絵になりますねぇ!」


全く別の角度から盛り上がる歩美たちを見て思わず溜息が溢れる。白い車体に運ぶ姿を、俺は黙って見ていることしか出来ない事が歯がゆい。


「そろそろ警察が来るだろうから、後は頼むよ。コナンくん」

「あ・・・うん・・・・・・」


あっという間に過ぎ去る車。見えなくなるまでその車を目で追っていたら、突然後ろから袖を強く引かれた。相手は振り返らなくても分かる。


「なんだよ灰原」

「なんだよじゃないでしょ!いいの?彼女はあの男が組織の一員だって知ってるのよね!?」

「知ってるどころか堂々と喧嘩ふっかけやがったよ」

「はぁ?それなのにこのままでいいの!?危険なのよッ!何されるか分かったもんじゃないわ!」


灰原がこれだけ危険視するのもわかる。だけど、あの男は見境なく人を傷つけるような人ではない気がした。第一、俺達の周囲で大きな問題は起こせないはずだ。未だポアロで働いていると言うことはまだここにいるメリットがあり、狙いがある可能性が高い。だったら・・・信用の為にも、名前さんに危害は加えない筈だ。




2016.08.20
「ぼんやりと浮かぶ君」

Back