「「あ・・・・・・」」
"ばったり会う"とは正にこんな感じだろう。今日の講義が終わった後、蘭ちゃんと待ち合わせして毛利探偵事務所にお邪魔しようとしていた時、買出しにでも行くのかポアロから出てきたバーボンこと安室透と鉢合わせした。会うのは昨日ぶり。
「安室さん、こんにちわ」
「こんにちわ。相変わらず仲が良いですね」
蘭ちゃんとバーボンはニコニコしながら軽く世間話をしているが勿論私がそこに笑顔で加わる気は無く、良くもあんな猫被れるなと仏頂面で眺めていた。
「そう言えば名前さんの依頼の件、どうなりました?コナンくんがもう帰ったって聞いて気になってたんですよ」
「あぁ、それでしたら順調に進めていますよ。ね、名前さん」
「・・・お蔭さまで。本当に優しくて頼りになる探偵さんで良かったわ」
笑顔で話す私達を見て、蘭ちゃんが良かったですと天使の様に微笑んだ。表面上だけでも良い依頼人と探偵の関係でいないといけないなんて苦痛で仕方ない。蘭ちゃんに気付かれない様に睨んでいると、突然女性の叫び声がした。
「ひったくりよッ!誰か捕まえてッ!!」
その声に私達はほぼ同時に振り向く。高級ブランドのバックを手に、歩道橋を駆け下りる男を視界に捉えた。歩道を、真っ直ぐ私達がいる方へ向かって走ってくる男。あ、男に1番近いの私だ・・・・・・。
ーーデジャヴ?
「・・・・・・きゃっ!」
ぐっと強い力で腕を引かれる。視界の上の方を綺麗な明るい髪色がふわりと過ぎたと同時に呻き声を上げる男。目を見張る素早さだ。それに驚いたのは蘭ちゃんも同じようで、構えた拳をそっと下ろしていた。・・・っていうか私、今庇われた?バーボンに?
「蘭さん、近くの交番に行って警官を呼んできて貰えますか?」
「あ!はいッ!!」
走り出す蘭ちゃんの背中を見ながら思った。安室透の背の高さ、力強さ。ボクシングの腕。実際に接触しないと分からない情報だった。
「なんだなんだ?おい、どうしたんだそいつ」
「あ、おじさん」
「実は今ひったくり犯を捕まえた所でして」
騒ぎを聞きつけたおじさんが探偵事務所から降りてきて、まだ逃げようともがき続ける男を更に締めあげる。そこへ蘭ちゃんが警官を連れて戻ってきて、男は事情聴取のため、無事連行されて行った。
「ったく、人の家の前で騒がしいんだよ。で、お前は今日もうちで飯食ってくのか?」
「えへへ、お邪魔します。夕飯の支度も手伝いますし、晩酌もしますから」
「おう、頼むぞー」
階段を上がって行くおじさんの後に続こうと思ったが、まだ安室透がその場に立っていた。昨日は冷ややかな鬼のような目で私を見ていたくせに、今はそれを微塵も感じさせない女優顔負けの演技。
「・・・何か?」
「言いたいことが一つだけ」
人一人分空いていた距離が縮まる。不意に手首を捕まれ、持ち上げられた。次に何をされるのか予測がつかない。
「腕が、細い」
「・・・は?」
「昨日貴女を押さえ込んだ時に思いました。それに、非力だ。拳銃1つで僕に挑んでくるなんて命知らずだよ」
ーー何なの。何でこの男にそんなことを言われなきゃいけないわけ?
私がキッと睨みつけると、彼の目の色が変わった。そして、甘く諭すような・・・低く圧力をかけるような・・・なんとも言えない声色が耳元に落ちる。
「組織の事に首を突っ込むんじゃない」
「・・・・・・ッ」
何も言い返せない。秀の事とか、言いたいことが沢山ある筈なのに何も声にならなかった。それに、人の気配がした。ゆっくりと視線を安室透から外し、階段を見上げる。
「ら、蘭ちゃん?」
どうしてそんな、口元に手を当てて顔赤くしてるのかな?・・・・・・何となく、嫌な予感がするんだけど。今ので物凄く勘違いされてない?
「あっ、ごめんなさい!盗み見するつもりじゃなくて、名前さん遅いなって呼びに来たらその・・・」
チラッと私達の手を見る。最悪だ。まだ掴まれたままだった腕を払う。
「全っ然関係ないからこれ!ですよね、安室さん!!」
「えぇ。蘭さんが想像しているような関係ではありませんよ」
この男と誤解されるなんて、死んでも嫌。
■ ■ ■「おじさん!今日は私も飲みます!!」
「あ?そうか、んじゃ缶ビール・・・あ、そういや依頼人にウィスキー貰ったんだっけな」
さっき蘭に聞いた。安室さんと名前が接触してしまったと。"2人とも凄く仲良さそうだったよ!内緒話までしててさ!"なんて呑気な報告だったけど。その時に何を言われたか知らねぇが、相当頭に来たんだろう。お酒はそんなに飲まないと言っていたのに今日はおっちゃんと飲む気満々だ。
「あった。これだこれ、バーボン」
「・・・・・・バーボン・・・?」
おっちゃんの口から出たその酒の名に、一気に声が低くなる。得意の演技はどうしたんだ名前さん。
「ピチピチの女子大生にはちょっと早いな」
「大丈夫です!飲みます!!私お酒には強いです!!」
この前弱いって言ってたじゃねぇかよ!ほんっとにコイツ、赤井さんも認める腕があんのか?熱しやすいっつうか、なんだろな・・・あ、服部に似てるかもしれねェ。
「ちょ、名前さん今年20歳になったばかりですよね?そんなに一気に飲んで大丈夫ですか!?」
「大丈夫!これくらい・・・バーボンなんて、全然平気だからッ!怖くなんてないッ!」
「怖いって・・・なんの話ですか・・・」
いつも通りのおっちゃんの飲みっぷりと、名前さんのやけ酒は2人が潰れるまで終わらず、日付が変わりそうな時間まで静かにならなかった。
2016.06.20
「無力でもいいのなら」
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