平→吉

「…疲れた。」
今日は担当の吉田氏と打ち合わせの日だ。
もう少しでここへ来るだろう。
それまでにネームを完成させとかなければならない。
だが、さっきから僕の手は止まったままだった。
また吉田氏に怒られてしまう、でももう疲れて書けない。
他の先生方はよくこんな仕事を続けられるな…本当、尊敬に値する。
そんなどうでもいいことを考えていると、玄関のドアが開く音がした。
あ、どうしよう、吉田氏が来てしまった。

「平丸君、ネーム出来たかい。」
「開口一番それですか吉田氏。」
「ん?まだ全然出来てないじゃないか!」
眉間に皺を寄せ、吉田氏が僕を睨んだ。
あんな風な顔ばかりしていると、皺取れなくなるんじゃなかろうか…
そんなことを言うときっと彼は平丸君の所為だと怒鳴るだろうから、言わないでおこう。
「吉田氏、僕はもう駄目です。疲れました。」
「また君はそんなことを…ネーム出来たら少しくらいは休憩していいから。」
「うぅ…吉田氏は鬼だ…」

嫌で嫌で、早くこんな仕事辞めたいと何度も思った。
それでもここまで続けてきたのは、吉田氏がいるからだろう。
初めは騙された、なんて酷い奴だと思った。
だが、本当に何故だか分からないが気付いたら好きになっていた。
たまに見せる優しさとか、褒めるべきものはきちんと褒めてくれる、きっとそんなところに惹かれたのだろう。
彼に褒められたい一心で頑張ってきた。
それだけならまぁ、同性だということを除けば普通の片想いだ。
けど、僕の想い人である彼は既に結婚していた。
何故彼は既婚者なのだろうか。
幾度となく自分の中で繰り返したこの疑問。
あぁ、何故僕はもっと早く彼と出会わなかったのだろう。
最も、早く出会えていたとしても彼と付き合える見込みなど無いに等しいだろうけど。
せめて彼が結婚する前に出会えていたら、こんなにも辛い思いはしなかっただろう。
そんなことを考えていると、ソファに偉そうに座る吉田氏が急に恨めしくなってきた。
くそぅ吉田氏め…僕がこんなに苦しんでいるというのに!
「吉田氏、」
「ん、何?」
「…結婚生活ってどんな感じなんですか。奥さんのこと好きですか。」
「は?急に何言ってるんだ平丸君。」
結構真剣に質問したのに、一言で返されてしまった。
「…」
「…」
「…」
「…まぁ、いいもんだよ結婚。それと、好きじゃなきゃ結婚しない。」
暫しの沈黙に耐え切れなくなったのか、吉田氏がそう言ってきた。
自分で聞いたはずなのに、少し胸が痛んだ。
「そうですか…そうですよね。」
「…平丸君、今日少しおかしいぞ?」
「吉田氏、」
大丈夫か、とこちらへ来ようとする吉田氏を遮るように、彼を呼ぶ。
吉田氏はいつものソファに留まり、なんだ、と訝しげに伺ってきた。
「…」
言ってしまおうか。
全て、僕はあなたが好きだと、全て言ってしまおうか。
「…?」
「…吉田氏、もしも僕が、もしもですよ。」
「うん」
「吉田氏のことが好きだと言ったら、笑いますか。」

あぁ、聞いてしまった。
きっと彼はなんてことを聞くんだと思ったに違いない。
恥ずかしい。
聞いてから急激に恥ずかしさが込み上げてきた。
「…笑わないよ。」
少し間を空けて吉田氏が答えた。
「ただ、」
「…」
「…ただそれに応えることは出来ないけれど。」
そう言うと吉田氏はもう一度小さく、笑わない、と呟いた。


それが本当の気持ちかなんて分からないけれど、たまに見せるこういった優しさが僕はとても好きだった。
けれど、今は同じくらい憎らしかった。
笑い飛ばして欲しかった。
気持ち悪いことを言うなと、
馬鹿なこと言ってないでネーム書けと、
笑い飛ばしてくれれば。

そうすれば僕も、冗談ですって笑えたのに。


「…吉田氏、今いいネタが浮かびました。」



end.


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この2人シリアス似合う。


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