静雄が女体化する話

外から微かな物音が聞こえた気がして、何気なくドアを開ける。
いつもは気にもしない音だけれど、何故かその時は気になってしまった。
ドアを開けてみるとそこには、真っピンクの液体が入った小瓶が置いてあった。
「…なんだこれ」
見るからに怪しい小瓶を、とりあえずくるりと回してみる。
すると少し煤けた大きめのラベルが貼ってあった。
「…『突然ごめんなさい。私は静雄さんのファンです…本当は直接渡したいけれど、恥ずかしいので…すみません。
いつもお仕事頑張っている静雄さんにこの飲料を是非。疲れが吹き飛ぶらしいですよ!
仕事終わりに飲んでください。では。』…。」
一通り声に出して読んでみて、さてどうしたものかと首を捻る。
余りにも突然だけど、ファンなどと言われては悪い気はしない。
一応ポッケにでも入れとくか…。

この判断を彼はすぐに後悔することになる。

「んじゃあ、トムさんお疲れっす。」
「おう、お疲れー。」
仕事が一段落し、今日はもう上がっていいことになった。
辺りを見渡すと、すっかり日は落ち暗くなっていた。
家路を急いでいると、仕事終わりの心地よい疲労感に襲われる。
そういえば今朝よく分からない小瓶を貰った。
ポッケから出してラベルをもう一度見る。
「疲れが吹き飛ぶ…か。栄養ドリンクみたいなもんか?」
一人で呟きつつ道端の自販機の横に移動する。
とりあえず物は試しだ、と小瓶のコルクを抜く。
毒々しいピンクに、少ししかめっ面をしつつ一気に飲む。
「…味は特にないな。」
無味無臭の液体が本当に疲れを吹き飛ばすのか甚だ疑問だったが、
そう早く効果はないだろうと自販機にもたれ掛かる。
暫く池袋の街並みをぼんやりと眺めていると、体に強烈な違和感が生じた。
胸が苦しいのだ。
ボタンを外そうと思い、胸元を見やる。
そこには、本来男性である自分にあってはならないものが。
「………!?」
少し動くたびに揺れる、大きな胸。
「な…この液体の所為か…?」
思わずぺたぺたと胸を触ってみる。
信じがたいが、それは本物で。
「どうすれば……と、とりあえず帰ってから考えるか…」
まずは誰もいない安全な自宅へ戻ることが賢明だろうと、再び歩き出す。


暫し歩いたが胸以外は男性と何ら変わりがないため、とても不自然だということに気付き、すぐ傍にあった洋服屋へ俯きがちに入る。
自分の体より少し大きめの上着を掴み、急いでレジへ向かう。
店員はちらちらと怪訝そうな目で胸と顔を交互に見ていたが、
金を払うと少し気怠そうな声で ありがとうございました、と口にした。
外へ出るとすぐにタグを取り、上着を羽織る。
大きいサイズを買ったおかげで、胸の違和感はなくなった。
それに安堵し、歩き出したその時。

「あっれぇー、何その上着!」

今一番会いたくない奴の声が、背後から。
殴りたい、殺したい、でも今は関わりたくない、でもむかつく。
心の中で葛藤しながら俯いていると、奴はその態度が気に障ったらしい。
「バーテン服にその上着は合わないでしょ。シズちゃんってセンスないねぇ!」
ケラケラと笑いながら、肩に手をかけてきた。
「…離せ。」
「おや、いつもみたいに攻撃してこないの?それはそれで気味悪いなぁ。」
「いいから離せって言ってんだろうが臨也くんよお!」
我慢することが出来ずに、傍にあった自販機へ手を伸ばす。
投げ飛ばすのを予想していたのか、臨也は既に静雄から距離を取っていた。
それにますます腹が立ち、いつものように投げ飛ばそうと自販機を持ち上げ…
「…っおも!」
…ることが出来なかった。
その様子を離れたところから見ていた臨也が戻ってくる。
「え、なに、馬鹿力はどうしたの?」
「っるせぇ、手が滑っただけだ!」
もう一度持ち上げようとしたが、びくともしない。
「……」
訝しげに臨也が見てくるのが分かったが、どうしても持ち上がらない。
胸だけでなく、力まで女性と同じくらいになってしまったのか。
「…もしかして、シズちゃん…」
先程まで一定の距離を保っていた臨也が急に接近し、じろじろと観察してきた。
そして、あぁやっぱり などと呟き、手を掴んできた。
「ちょっとこっち来てよ。」


必死の抵抗も虚しく、連れて来られたのは人気のない路地裏だった。
「ねぇシズちゃんさ、」
今まで黙って此方を見ていた臨也が口を開いた。
「女になったの?」
壁に追い詰められ、いつもの力がなく、目の前には自分の命を狙っている臨也。
状況は最悪だった。
何も言わないでおこうと、臨也の問いかけには答えずに俯く。
するとあろうことか、臨也は手を伸ばし胸を鷲掴みにした。
「これさ、本物?触り心地は普通の女と変わらないけれど。」
「てめっ、触んな!!」
謎の液体によってできた胸だとしても、やはりいい気はしなかった。
咄嗟に殴ろうとしていた手を、臨也は空いている方の手で容易く掴み上げてしまった。
「なんでこんなことになってるのか知らないけど…胸があるってことは下は?」
臨也の視線が、股間へと向く。
考えたくないが、胸があり、力は一般女性と同じとなるとやはり下も女性と同じなのだろう。
「もしもさ、下も女と同じだとして。」
そこで一旦言葉を区切ると、顔を此方へ向けてきた。

「殺したいくらい嫌いな俺に犯されでもしたら…すっごい屈辱だよねぇ!」

何を言っているんだこいつは。
「気色悪ぃこと言ってんじゃねぇよ!離せ!」
掴まれていない方の手で臨也の肩を押すが、全く動じない。
それどころか、その手まで掴み上げられてしまった。
「んー、顔さえ見なければ普通の女と一緒だしね。」
どうやら本気で犯すつもりらしい。
「やめろっ…!」
両手を掴まれ身動きが取れないのをいいことに、臨也の手が太ももへと伸びてきた。
「…ねぇ、今どんな気分?大嫌いな俺にこんなことされて…」
顔を覗き込んで来つつ、太ももをいやらしく何度も撫でさする。
ズボン越しとはいえ、虫唾が走る。
「だから…やめろって言ってんだろうが!!!」
最大限の力で、臨也の脛を蹴り上げる。
「っ!」
少しは効いたらしく、両手を掴む手の力が緩んだ。
その隙に思い切り手を振りほどき、走り出す。
「てめぇ元に戻った時ぶっ殺すからな!!」
走りながら振り向きそう叫ぶと、臨也は何が面白いのかくつくつと笑いながらひらひらと手を振っていた。



無事家に着き、これからどうするか考えていると携帯に着信があったことに気付く。
それが新羅からで、電話をかけるとすぐにあのテンションの高い声が聞こえる。
「やぁ!あの薬はどうだった?」
「あ?」
「あのピンクの薬だよ。飲んだ?どうだった?」
「…あれ、てめぇが作って俺の家の前に置いてったのか?」
「そうだよ、わざわざファンを装って!」
「……」
無言で電話を切ると、床に脱ぎ散らかした上着を再び纏い家を出る。

その後すぐに家に乗り込んできた静雄に新羅がぶん殴られたことは言うまでもない。




end.



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臨也さんはこの後元に戻った静雄にぼこられるんでしょうね…

bkm next
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