ヒロ←玲

「お前は馬鹿だ。」
誰だってこんな台詞を言われれば、少しは腹が立つだろう。
だが、この男は違うのだ。
私の目の前に座る基山ヒロトという男は。
「相変わらず手厳しいなぁ、玲名は。」
苦笑しつつそう漏らす彼の声には、少しも怒りの色は滲んでなくて。
どんなに酷いことを言っても、彼はへらへら笑って済ますのだ。
それが余計に私の癪に障る。
「本当のことだろう。大体、円堂守は男だぞ。」
この基山ヒロトという男は今、片思いをしている。
それだけならいいのだが、相手は円堂守というれっきとした男だ。
「確かに俺も円堂君も男だよ。でもさ、しょうがないよ。」
好きなんだから、そう言って笑う彼の顔はとても優しかった。
私には向けられたことのないような笑顔。
その顔を見ていると、
あぁ、こいつは本気で円堂が好きなのだ、とか、
きっとこいつの恋が叶うことはないだろう、とか、
でもこいつは円堂を想い続けるのだろうな、とか、余計なことを考えてしまい益々苛々した。
目の前に座るヒロトは、昨日円堂と喋っただとか、練習中の円堂がかっこいいだとか、私にとってどうでもいい話ばかりしてきた。
何か話題を振っても全て円堂に関連付けて話す彼に、いい加減嫌気が差す。
「それでね、円堂君が…」
話の続きを遮るように、私はヒロトに噛み付く様なキスをした。
ただ話を遮りたかったというのもあるし、こいつの口からこれ以上円堂の話を聞きたくなかったというのもある。
「…」
「…」
お互い何も言わない、この沈黙が辛い。
暫く黙っていると、彼がゆっくりと口を開いた。
「…満足かい?」
あぁ、あぁ。
私の気持ちに、私がヒロトを好きだという気持ちに、彼はとっくに気付いていたのだ。
私が、幼い頃から募らせてきたこの恋心に。
罵ってくれていいのに。
何をするんだと叱ってくれていいのに。
彼はどこまでも優しかった。
何も言わず、ただ微笑むだけなのだ。
なんて狡い男なのだろう。
初めて、ずっと好きだったヒロトとキスをしたのに、私の頬を涙が伝う。
「…酷く最低な気分だ。」
そう吐き捨て静かに泣く私の頭を、ヒロトはただ黙って撫でてくれた。
狡い、狡い。
ヒロトは、狡い。
「ごめんね、玲名。」
不意に聞こえたヒロトのその台詞にはたくさんの意味が込められているような気がして、私はまた静かに泣いた。
悪いのは私なのに。
まるで自分が悪いかのようにヒロトは振る舞う。
そんな優しいところがとても嫌いだった。
いつもへらへらしてて、何を考えてるか分からないところも、綺麗な緑の瞳も、私の名前を呼ぶ声も、全て全て嫌いだった。
でも、どうしようもないくらい愛しかった。
好きで好きでたまらなかった。
何故円堂守は女の子じゃないんだろう。
円堂が、もしも円堂が女の子だったら。
私はこの気持ちを諦め切れたのに。
彼が男だから。
ヒロトと結ばれるようなことはないだろうから。
だから、私はいつまでもこの気持ちを諦め切れないのだ。
いつか円堂に向けるような笑顔を、私に向けてくれると信じてしまうのだ。
そんな自分が嫌で、私はただただ泣いた。


優しいあなた
(ねぇ、神様)
(私はこんなにもあいつが欲しいのです)




end.


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昔書いたものをちょこちょこ修正したもの。

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