緑高

「だあああああまた負けた!」
閑静な住宅街に、その声は大きく響いた。
声の主である高尾和成は、開かれた自分の掌を見つめている。
「高尾、声がでかいのだよ。近所迷惑だろう。」
呆れつつそう声をかけると、高尾が勢いよく振り返って此方を睨み付けてきた。
「だってありえねーだろ!お前今まで1回も漕いだことなくね!?」
なんでだよ、と喚く高尾に、俺は何度目か分からない台詞を口にする。
「今日の星座占い、俺の蟹座は1位だ。ラッキーアイテムも所持している。人事を尽くしている俺が負ける訳ないのだよ。」
「おは朝怖ぇよもう…じゃんけんする意味なくね?」
ぶつぶつと文句を言いつつも漕ぐ気はあるらしく、高尾は前を向くとペダルに足をかけた。
目の前にある信号は既に青に変わっている。
「しゅっぱーつ。」
高尾の間抜けな掛け声と共にのろのろと進み始めた自転車が、徐々にスピードを増していく。
がたがたと揺れるリヤカーの中、後ろにもたれ掛かりつつ汁粉の缶を開けた。

「真ちゃん。」
暫し無言だった高尾が、少しだけ此方を振り返りながら話しかけてきた。
俺の返事を待たずに、高尾は再び口を開く。
「明日オフだからどっか行かない?」
「…やることもないし、付き合ってやってもいい。」
「真ちゃんって本当ツンデレ。」
そう言って高尾は嬉しそうに笑った。
その笑顔が直視出来なくて、目線を道路に向ける。
「いいから前を向け、危ないだろう。」
「はいはい。」
高尾が前を向いたようなので、俺も目線を前に戻す。
見慣れた高尾の背中を何気なく見つめる。
制服は汗でぴとりと背中に張り付いていた。
高尾の首筋を流れる汗がきらりと光る。
今日はやけに日差しが強くて、ただ座っているだけの俺の頬にも汗が伝っている。
自分より大きい男を乗せて自転車を漕いでいる高尾は、きっともっと暑いだろう。
それでも高尾は文句を言いつつも自転車を漕ぐのを止めない。
今更その事が酷く申し訳なく思えてきた。
「高尾。」
「んー?」
思わず声を掛けると、高尾は笑顔で振り向いた。
その頬に伝う大粒の汗に、酷く胸が締め付けられた。



「高尾。」
明日のデートについてあれこれ思考を巡らせていると、珍しく真ちゃんから話しかけてくれた。
いつもは俺が一方的に話してばかりだったので、嬉しくて笑顔で振り返る。
「んー?」
真ちゃんは何故か辛そうな顔をしていた。
「どうしたの真ちゃん。」
問い掛けるも、真ちゃんは一向に口を開かない。
「……いや、…自転車を、」
「自転車が何?」
やっと言葉を発したと思ったら、また真ちゃんは口を閉ざしてしまった。
先程から背中に感じていた視線と、今の態度から真ちゃんが言いたいことは大体予想はついた。
それでも、真ちゃんの口から聞きたくて俺はもう一度先を促す。
「ねぇ、自転車がなんなの?」
きっと俺に自転車を漕がすのを申し訳なく思っているとかそんなところなんだろう。
今までは何も気にしてなかった癖に。
そういう分かりにくい優しさが嬉しかった。
「…こ、漕ぐのが遅いのだよ。もっとスピードを出せ。」
眼鏡を指で押し上げながら真ちゃんがそう言ってきた。
思わず吹き出しそうになるのを堪えつつ、はいはいと返事をする。
前を向きペダルを踏み締める足に力を込めると、後ろから 何で俺はいつもこうなのだ、と小さい声が聞こえた。
俺は真ちゃんのツンデレなところも大好きだからいいんだよ。
それに、十分愛されてるしね。
本人にそんなことを言うときっと 馬鹿なことを言うな、とかまた素直じゃないことを言われるだろうから黙っておこう。


内緒
(素直じゃない君が言ってくれるまで、)
(気付いてないふりをするよ)


end.

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初緑高〜。
ネタは友達に提供して貰いました(´ω`)

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