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朝から教室が騒がしかった。
なんだろうと考えていたら、どうやら僕にも関係のあることらしい。
「兵藤ー、伏見に遊んでもらってるんだってぇ?」
「つかパシリ?」
げらげらと笑うクラスメイト。
兵藤は僕の名前で伏見は大好きな彼の名前。
フルネームで伏見怜。
だけど…意外。
みんなに言いふらすとは思わなかった。
まぁ、みんなで笑うために付き合ったんだとしたらそれはそれで納得する。
それでも悲しいなぁ。
これでも、もしかしたら僕のことを本当に好きなのかもなんて…思ってたよ、無謀だけれど。
なんだか悲しくて悲しくて、むかむかしてきた。
僕をからかってくるクラスメイトAとBをじっと見る。
「わ、根暗が見てきてんぞ」
「きも」
げらげらげら。
…不快。
それでもそんな気持ちは態度に出ないから、気付かない奴等の野次はエスカレートしていく。
中には女子の嫉妬混ざりの視線も混じって気色悪い。
「なぁ、男同士ってケツ使うんだろ」
下ネタまで入り始めて本当に苛々してた時だった。
「……あ」
携帯の着信音。
大好きな彼からの、着信音。
ただの黒電話だけど、他の人はみんな着信音なんて設定してないからすぐ分かる。
周りの騒音なんて無視して急いで確認すれば『屋上まで来て』って短いメール。
今まで挨拶程度の軽いメールばかりだったから嬉しい。
呼び出されて何て言われたとしても、この一瞬だけでも彼が僕に会いたいって思ってくれるならそれだけで。
「…また今度」
クラスメイトを一瞥して慌てて屋上に向かった。
「やめろよ伏見!」
「ぐ、がっ…」
「ひっ」
呻き声と悲鳴の聞こえる教室で。
耳障りなんて思いながらも俺は止めない。
誰よりも愛しい恋人に罵声を浴びせたそいつらを嬲るのを。
「怜。そんくらいにしときなよ」
唯一の友達、いや、悪友が声を掛けて来るけど、止めない。
止められない。
「譲ちゃんにセクハラ発言したそいつを許せないのは分かるけどさぁ…」
「…今何つった」
兵藤譲。俺の恋人。
その名を俺以外のやつが呼ぶだけで虫唾が走る。
性格の悪いこいつのことだ、俺と兵藤の関係をみんなに言いふらしたのもこいつだろう。
睨みを利かせればそいつは肩を竦めて苦笑した。
「キスも出来ないヘタレの癖してこんな時だけ攻撃的なんだから…」
「ああ゙?」
「ほらもう、怜が呼び出したから待ってるんでしょ?大好きな恋人いつまでも待たせといていいの?」
「…ちっ」
舌打ちして力なく倒れてるクソから足をどけた。
「後片付けしとけ」
「貸し一つ、ねん」
へらへら笑って嗜虐的な笑みを浮かべるそいつは、やっぱり俺の悪友だ。
けれど兵藤にはこんな姿見せられないから。
まだ待っててくれているだろうか。
告白を了承してくれたときにはあまりの呆気なさに逆に不安になって、今の関係を疑ったりした時も何度だってある、だけど。
「…悪い、待たせた」
屋上で待ってた恋人が、いつもの無表情を僅かにでも緩めているだけで、幸せになれる。
出来ればこの関係がいつまでも続けばいい。