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「…布良?」

コンビニでいきなり名前を呼ばれて、振り返って。
その人物を目にした瞬間に、速攻で首の位置を元に戻した。

「待てコラ…!」

慌てて逃げ出す僕の手を掴む彼。
…なんでここに居るんだ。


高校の最初の1年は、それはもう思い出すのも苦痛な日々だった。
校内での無視、リンチは当たり前。
酷い時は家まで押しかけて部屋の中を荒らされた。カーテンはぼろぼろ。食器はほぼ全部割られた。
でも、そのお陰か。

放任主義な親でさえも、僕が苛められていることに気付いたらしい。
女手一つで僕を育ててくれた母親は、わざわざ別の学校への転校手続きと新しい就職場所の手配を済ませて僕に声をかけてきた。
『もうこんな面倒はごめんよ?あんたが全部悪いとはいわないけど、せめて周りと合わせなさい』
それっきり何も言わずに小さなアパートとは言え一人暮らしを許してくれた母親は、めちゃめちゃに荒らされた室内でうずくまっていた僕を見て何を思ったのだろう。
とにかくそのお陰で、俺は新しい生活を手に入れた訳だけど。

季節はずれの転校生なのに馴染む事が出来たクラス、週1は必ず僕の様子を見に来る母親、やっと慣れてきたバイト。
苛められていた僕の唯一の味方になってくれてこんな所まで付いてきてくれた彼氏。
どれをとっても順風満帆な僕の前になんで。

僕を苛めていたこいつが現れるんだ。

「おいっ」
「っひ…!」

僕の腕を掴み、ぐいっと引っ張る石目、くん。
ふれられた所から、ぞわりと広がるのは、紛れも無い嫌悪。
思い出すのはあの日。
俺の家まで押し入ってきた男たち。
体を這い回る手。
押し広げられる後ろの穴。
目隠しをされて怯える僕を、石目君たちは、犯した。

「いや…!やめて!離して…樹っ!」

叫ぶように彼氏の名を呼べば、石目君の動きが止まった。

「樹…?」
「鈴留…!?」

慌てたように、コンビニで雑誌を読んでいた彼氏がやってくる.
そして、動きを止めた。
石目君と、樹の動きが止まる。
その隙を見逃さず、俺は樹の所へ走る。

「樹!」

抱きつく僕を、樹は受けとめてくれた。
ガタガタ震える体を、優しく撫でてくれる樹の手。
安心して樹の胸元に顔をうずめる僕は、だから気付かなかった。
二人がどんな顔をしてかなんて。

「樹…てめぇ、」
「石目?よくノコノコ鈴留の前に現れてくれたよね」

突然の事にとっくに脳のキャパを超えた俺は気付かなかった。
切羽詰った様に苦しそうな石目君の声も、勝ち誇ったようで、それでも苛立ちを含んだ樹の声も。
学校が一緒だったとはいえ正反対な二人なのに、石目君が樹の名前をさらりと呼んだ事も。
わざとらしく石目、と呼びかける樹に石目君がまた苛立ったような顔をしたことも。

「こんな所までやってきて、何のつもり?」
「俺は…!」
「鈴留に近づくな」

ぴしゃりと言い跳ねる樹の言葉。

「今更何の用だよ。あんだけ鈴留を傷つけて、それでも足りないの?」

言って、樹は俺の頭を優しく撫でてくれる。
少しだけ、震えが治まった気がした。

「ふざけんな…!おい、布良!」

石目君の声なんか、聞こえない。
いくら昔、好きだった相手だとしても。
聞こえない。

「…っ、お前騙されてんだよ樹に!そいつがお前をボコるように言ったんだ!あの日だって俺はお前の家になんて行かなかった!そいつがお前を…」
「石目、くん」

振り向いて、石目君の目を見つめる。
樹の腕の力が強くなった気がした。
石目君が、少しだけ期待した目をした。
僕は。

「僕を殴ったのは、誰?」

その言葉で、石目君の表情が変わる。
それでも続ける。

「やめてって言ってもやめてくれなかったのは誰?家まで来て、ぐちゃぐちゃにしていったのは誰?
少なくとも僕の味方で居てくれたのは、樹」
「…もういいだろ。行こう鈴留」

樹の言葉に促されて、立ち尽くす石目君を尻目に僕達はその場所を後にした。
暗い笑みを浮かべていたのが誰かなんて、僕は気付かない。

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