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「ジャック、今まで何してた?」

鋭すぎる嗅覚は、ジャックに纏わりつく獣のにおいを敏感に感じ取った。
イライラしつつそう言えば、ジャックはにへら、と笑う。

「チェシャの、ところ」

…あのクソ虎。
呟きを心の中に溜め込んで、「そう」とだけ返すと、

「キング、も」

近づいてきたジャックはその冷たすぎる手で俺の体を撫ぜる。
うぜぇ。

「触んな」

手を跳ね除ければジャックの動きがピシリと固まった。

「キング…?」
「他の奴触った手で俺に触るな。ノミがうつる」
「チェシャは…だいじょう、」
「うぜぇ」

何か言おうとするジャックに構わずベッドの中に潜り込んだ。
…鬱陶しい。

いつもなら構って欲しい。
でも自分が構って欲しいとき以外に構われるの鬱陶しい。
構って欲しい。
基本的に自分から構うの鬱陶しい。

ああ、鬱陶しい。

ジャックが何の匂いも付けずに一番にここに来てくれたんなら、こんなにもイライラせずに済んだのに。

「おれの、匂いがいや…なの?」
「……」

返事するのも鬱陶しくて無視した。
こんな奴につき合ってられない。
俺の気持ちを分かってくれない奴なんか。
なんて、分かってたら分かってたで気持ち悪いんだろうけど、ご都合主義な脳みそはジャックを悪者にして自己完結。
ごめんね、性格悪くて。

ジャックは何を思ったのか「そう、」とだけ呟いて部屋から出て行った。

あー清々する。
出て行ったジャックはほっといて、今ムカついてるのはチェシャについて。
蛇男のジャック、狐耳のおれ…それと同じ括りにされてる尻尾が3本あるホワイトタイガー。
まぁ一応、こんな悪趣味サーカスでは目玉の一つになってる。
…サーカスにトラてメジャーだもんな。
ネコ科だから名前はチェシャ、なんて名付け親の座長は相変わらず適当だけれど。
蛇男も…まぁ、看板だし。

狐男、なんて妙にマニアックな自分の立ち位置を思い出してため息を一つ。
せめて狼男とか…猫耳ならまぁまぁいい感じに宣伝も出来たのかもしれない。
でも狐耳て。
マニアック過ぎんだろ。
誰だよこんな体に生んだ奴。
自分を産み落とし、その奇怪な容姿からか森に捨てた親を思い苛立つ。
狐とヤる様なビッチだったのか、はたまた狐に突っ込む様な変態野朗だったのか…真相は分からないけれど碌な人間じゃないだろう。
…もしかしたら普通の人間同士から生まれたのかもしれないけれど。
それでも、この体は普通とは言いがたい。
座長が拾ってくれなければあのまま野獣やら何やらに食われて終わっていたであろう命。
けれど、だからと言って座長に媚を売る事はしなかった。
1人の方が気楽だし。

そう考えた俺の耳に濡れた様な足音が聞こえて、不思議に思って体を起こした。
間を置かずに開く、部屋の扉。

「キング…」
「ジャック…?」

その姿を見て目を見開いた。
格好はずぶ濡れ。
頭からつま先まで水が滴っている。
人の部屋に汚い格好で入ってきたことには勿論苛立ったけれど、それより。

「なにやってんだバカ…!」

慌てて駆け寄り今まで包まっていた毛布で体を拭いた。
蛇男というのは何も、二つに分かれた舌とか体に張り付いている鱗とかそれだけを示しているんじゃない。
蛇は変温動物.

ふらりと倒れたジャックを支えると、冷え切った体温を感じて舌打ちした。

「何やってんのバカ…!」
「ごめん…匂い、なくなった…?」

悪すぎる色をした唇を動かすジャックに、溜息しか出ない。

「なくなった。けど、」
「じゃあ…キング、も」

俺の首筋に手を伸ばしてきたジャック。
甘んじて、それを受け入れることにする。
冷え切った体温にこちらもぶるリと震えた。

「…しょうがないな。あっためてあげる」
「ん」

冷たくなったジャックをぎゅうぎゅうと抱きしめながら、ベッドに諸共ダイブ。
それでも匂いは無くなったし…まぁ、いいか。

爬虫類そのままの目で見つめてくるジャックに体温を奪われながらぼんやりと考えた。
なんだかジャック相手だと調子狂う。
これって俺には珍しいかな。


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テーマ「人外ファンタジー」
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