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死にたい、なんて。最近では常になった考えが振りほどけない。
せっかく立ち上げた会社も、波に乗るまであと一歩が届かない。
仕事が忙しかったせいで彼女には振られ、友人とは疎遠になった。
親なんて、もともといなかったようなもの。
孤独と焦燥と自己嫌悪で、もう消えてしまいたいと思った。
だから今は使われていない廃ビルの屋上に来たわけで…それなのに。
「…もしもし」
なぜか電話が鳴った。
最近では仕事でかける意外に使わなかった携帯電話が。
『もしもし?おれー』
…俺俺詐欺?
なんてのが頭をよぎる。
「誰ですか?」
『え?だから俺だってー』
「…ああ、お前か」
なんで話をあわせたのかは分からない。
ただ、なんとなくその声に身を委ねたい気がして。
たぶん赤の他人だろうその人の声に、どことなく安心して。
「どうかしたのか?」
『あ、いや、それがさー…ちょっとバイクで事故っちゃって、どうしても金が要るんだ』
「へぇ、いくらだ?」
『えっと…20万』
老人を対象にしてると何百万とかいって金を騙し取ってるイメージがあるが、自分の声が若いのに気付いたからだろうか。
友人と仮定しているのかその金額は少ない。
「そうか…でも、悪いな。俺も今仕事が忙しくて自由に出来る金が少ないんだ」
『…そっか。じゃあ他に当たるわ』
「ああ」
金が無いと分かるとあっさりと切ろうとする電話。
でも、所詮そんなもんだろ。
赤の他人だろうがなんだろうが、自分のメリットを優先するに決まっている。
それでも死を覚悟した直前に人の声を聞けたからだろうか、どことなく安心した気持ちになれた。
…よかった。死ぬ直前まで一人っきりじゃなくて。
穏やかに、死ねる。
「…ありがとうな」
最後にポツリと呟いた。
これが最後だと思ったから。
『…あの、さぁ』
「?」
けれど、なぜだろう。
電話越しの声は、なぜだか止まらない。
『えーと…なんて言うか、俺のこと、誰かわかる?』
…分かるわけないだろ。
とは言えず「ケンの親戚のやっちゃんの友達のアリサの元彼…じゃなかったっけ?顔覚えてないけど」とか、自分でも訳の分からない返事をした。
ケンとかやっちゃんとかアリサて誰だよ、なんて自分で突っ込みながら。
『え?ええと…うん、そうそうアリサの元彼』
認めんなよ。いや、俺俺詐欺ってそういうものかもしれないけど。
『あのさぁ、もしかしてなにか悩んでたりする? 』
「…」
沈黙。
なんでこいつがそんなこと気にするんだ。
『あ、いや、別に無理に言わなくてもいいし!ちょっと声が落ち込んでるみたいだったからつい…いや、マジでなんでもな…』
「あのさ、」
彼の言葉は途中で遮った。
なんだかもう、耐えられない。
こんな時に優しさに縋るなんて負け犬みたいだなんて自嘲を含めて。
それでも、こいつがそう言ってくれたから。赤の他人なのに。
「ちょっとだけしんどいんだ」
『…うん』
「聞いて、くれる?」
『…いいよ。俺で良ければ』
詐欺なんて最低なことしてるのに優しいと解されてしまいそう。
もしも金があったらこいつに払ったって良いくらい。
それともそれが、新しい詐欺の手口かなんて…どうでもいい。
優しさを少しでも与えてくれるんだったら。
ポツリポツリと話す自分に相槌を返す彼。
もう少しだけ、この優しさに触れていたいと思った。
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