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家の近所の公園に行くのが、僕の最近の日課。
見慣れた公園の一角。錆びたベンチ。

そこにいつもいる、男の人。

「…こんばんわ」

サングラスにマスク。深くかぶった帽子。
ぱっと見れば不審者にしか見えないその人は、僕に気付いてあいさつしてきた。

(…いつもと一緒、すごいいい声)

彼にはこの公園で出会った。
日課の散歩でたまたま公園を通り掛かった時に、彼が公園に蹲っていた。
聞けば、家の鍵をブランコ漕いでたときに落としたらしい。
わずかに見えるほっぺたは羞恥からか赤く染まっていて。
不審者にしか見えない格好してるのにそんな顔して恥ずかしがってるから、不思議と恐怖はなくてどこか可愛くも見えた。
探しものはブランコの後ろの茂みに簡単に見つかったけど、その人は何度も僕に頭を下げて来て今度は御礼がしたいって言うから次に会う約束をして。
次の週には近くのケーキ屋さんで買ったらしいモンブランを持ってきてくれた。
…冗談だったのに、律儀。

それからは何度か公園で出会うようになって。
散歩の時はこの公園を通るのが僕の常になっていた。

「こんばんわ。それ、雑誌ですか?」
「あ、うん」

彼が手に持っていたのは男性のファッション雑誌。
表紙には今をときめく俳優がビシッとポーズを決めている。
俳優とかあまり興味ないんだけど、この人は好き
声がこの人に似てるから。

「君はこの俳優、どう思う?」

とか考えてたら彼に聞かれた。

「え?うーん…俳優とかあまり興味はないんで…」

僕が好きなのはあなただから。
とか、本人を前にして言えるわけもない。
口下手だもんね。

「そう…ドラマとか見ないの?」

どことなく落ち込んだ声をしてる彼。
好きな俳優さんなんだろうか。

「あんまり…お父さんが好きだから時代劇とかはたまに見るんですけどね」
「そっか」

若いのに時代劇?とか思うかもしれないけどしょうがない。
うちのリモコンはお父さんが握ってる。

「あ、今日はリクエスト通りから揚げ入れてきたんですよ」
「本当?楽しみ」

思い出してバッグの中からお弁当を取り出した。
あの日、彼にモンブランを貰った日から僕はお弁当を持ってくることにしてる。
ちょっと手伝っただけで有名ケーキ店の数量限定モンブランとか申し訳ないし…僕も何か上げたいって話をした時にそうなったんだよね。
毎回彼に作るお弁当を考えるのはすごく楽しい。

「お返し何にしようかなぁ」
「いや、気にしないでいいんですって」
「でもなぁ…お返し持ってきてくれたら君がまた、お弁当作ってくれるだろ?」

マスクで見えないけど彼の雰囲気がやわらかくなる。
きっと、優しい笑みでも浮かべてくれてるんだろうか。
心がほわほわした。




数日後、件の俳優が『大江戸・乱れ桜』とか言う時代劇に出演することがテレビで話題になっていた。

「でもなぁ…この間お父さんが出張に行ってから、うちのリモコンはお母さんが握ってるんですよねー。最近は昼ドラの録画したやつを見ることが多くなりました」

いつもの公園で彼に会うとその話になった。
けれどうちのリモコン事情を伝えると、彼はなぜか脱力。

「昼ドラ…いや、スケジュール詰めたら…でもここに来る時間が…」
「どうかしました?」
「なんでもないよ。それより、プリンおいしい?」
「はいっ」

今日は彼が僕にデザートを持ってくる日。
甘党な僕だけど月のお小遣いじゃこんなデザート食べれない。
今回彼が持ってきたのはこれまた某有名店のプリン。
カラメルは付いてないけど、なんてゆーか濃厚。
ぱくぱく食べれちゃう。
凄く、幸せ。

「おいしそうに食べるね」
「あ、すいません」

彼はいつも僕のお弁当自宅に持って帰るけど、僕は家に持って帰ると飢えたハイエナ共に食べられてしまうからここで食べるようにしてる。
でもよく考えたら彼が何も食べてないのに僕だけ食べるって、なんか図々しいんじゃ…

「食べますか?おいしいですよ」
「え」

一口分プリンを掬って、そのスプーンを彼に差し出してみれば。
なんか固まってる。

「あ、よく考えたら男同士であーんて痛いですかね?弟いるからつい…」

言い終わる前にぱくり。
手を下げるより先に彼はマスクをずらしてプリンを食べてくれた。
見える下半分の素顔は、なんか綺麗。
鼻筋通ってるし、唇はちょっと薄め。
綺麗な肌のほっぺたは、最初に会ったときみたいに赤く染まってる。
彼も恥ずかしいのかな、でも俺も恥ずかしい。

「おいし」

彼が笑うと、見える口元に目が引き寄せられる。
彼の素顔…見たいなぁ。




数日後件の俳優が『夜空に咲く花』と言う昼ドラに出ると母親が言ってきた。
ホストに行く女たちのドロドロを描いていたそれ。
母親はその俳優がお気に入りらしい。
リアルタイムで見たいとか言って、パートの時間を変更してた。
主婦の執念恐ろしい。
そんな訳で、今では帰りの遅い母親に代わって弟がリモコンを握ってる。

「……」

それを伝えた時の彼の放心具合は凄まじかった。
最近ではマスクを外していて、露になった口元はポカンと開いている。

「主婦の執念恐ろしいですね」
「…ソウダネ」

なんかキャラ変わってるし。
面白くなったからほっぺたをつんつんつついてみた。
わ、凄い肌が吸い付く。
綺麗だなぁなんて考えてたら彼はビクッと体を揺らした。
見えるほっぺたは、やっぱり真っ赤。

「今日は海老マヨと酢豚ですよ」
「…あーん」
「はいはい」

彼はあーんがお気に入りらしい。
甘えたで、意外と子どもっぽいところがあるなぁなんて、考えちゃうのは惚れた弱み?
最初にあーんした日から常備していたマスクまで外しておねだり。
可愛すぎる。
俺も今度はねだってみようかなぁ。




数日後、弟が見ていたバラエティを横目で見れば件の俳優が出ていた。
料理のレシピ本を見ていた視線は自然とそちらへ。

『なんでも溺愛している方がいるとか』
『いやまぁ…そうなんですけどね』

やっぱり声似てる。
しかも最近露になった顔の下半分も。
…なんだかドキドキしてきた。

『ファンの方はショック受けたりしないんですか?』
『…実は応援してもらってます』
『すごーい!ファン公認なんですね!』
『はい…俺、実はちょっと奥手なんで、ファンの人にアドバイスいただいたり』
『ちなみにどういったアドバイスを?』
『接触する機会を増やすように、とか…あと、あそこの店のケーキはおいしいからそれで心を掴んでみよう、とか…』
『へぇ、一途ですね!お相手さんもメロメロでしょう?』
『それが…あんまり伝わってないみたいなんです』

苦笑する表情。
…ドキドキしたけど、駄目だ駄目だ。
僕が好きなのはあの人なんだから。

『私も甘いの好きでー、最近マカロンにはまってるんですよねぇ。是非とも今度お願いしまーす』

女芸人さんの一人がそういえば、『アドバイス?ありがとうございます』とか、若干ずれた返事。
ホストの役をしていたときに『悪い男って感じ!奪われたいわぁ』とか母親が言ってたけどだいぶ印象違うなぁ…。
これは、人気出るのも分かる。

…僕が好きなのはあの人だけだけどね!

誰にとも知らぬ言い訳をしながらレシピ本に視線を戻した。
今は俳優より彼のサングラス外す方法でも考えようかなぁ。




数日後会った彼が、デザートのマカロンを僕にあーんで食べさせようとしてきた時は僕の顔が真っ赤になりました。
なんだかしてやられた気分。




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