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西中のうちは、二階建てのアパートだった。小汚いということは全くなく、どちらかといえば綺麗なアパートである。
「何号室だよ」
「えーとね、ここ」
オレが珍しく声に出してそう訊ねると、西中姉は、ふわふわと浮きながら、一階の、右から二つ目の部屋の扉の前に移動する。
「今日は、お母さんはパートだから、家にはあの子しかいないはずだよ!」
「引きこもりなんだろ? 簡単に出てくるのか?」
「大丈夫だよ。タカヤくんが来たとなれば……、あ、いや、なんでもないっ!」
なにか含みのありそうなことをいって、西中は勝手にポルターガイストで呼び鈴をならす。
便利なやつである。
暫くすると、ドアの向こうに人の気配を感じた。こちらの様子を、玄関の覗き穴から覗いているのだろう。
「人の気配とか感じられるなんて流石タカヤくんだね! 殺し屋になれるよ!」
いや、なりたくねーよ。もっとマシな職業ねえのかよ。
「オレの後ろに立つなー! みたいな!」
相変わらず人の話を聞かない西中姉だった。
本気でうぜえ。
「ウザいとか酷いよ。私だってたまには傷付くよ!」
「あ、あべ、くん?」
小さな声が、何時の間にか開いていたドアの隙間から聞こえた。
相手が自分の名前を知っているという事を疑問に思いつつも、オレは返事をする。
「プリント届けにきた」
西中妹からすれば、なぜ、会話したこともない、ましてやクラスメイトでもなんでもない人間が、配布物を届けにくるのだろうか、疑問を通り越してミステリーだろう。オレの名前を知らなかったら、ホラーの域に達していたかもしれない。そう考えると、彼女がオレの名前を把握していてくれたことは、不幸中の幸いだったかもしれない。
不幸というのは、勿論、西中姉が見えてしまったことである。
「ぷりんと……?」
「ああ、プリント。たまりすぎて先生困ってたんだよ。というかお前、終業式くらいこないとやばいんじゃねえの」
「タカヤくん厳しいよ言い方が! め!」
うるせーだまれ。
「わかってる、わかってる、けど、というか、なんであべくんが」
「あ? なんか不服でもあるのかよ」
「タカヤくんそれじゃただの榛名くんだ。むしろ榛名くんよりこわいよ」
うるせーだまれ。
「違うの、だって、私、これじゃおねーちゃんに合わせるかお、なくて」
「話長くなるなら家にいれてくれねー?結構さむ」
「ごめんなさいあとさんぷんまって!」
西中妹は、そう叫んで、大体三分後に、玄関に戻ってきて、オレをうちの中へと招き入れた。
警戒心が薄くて、少し不安になる。
西中姉も警戒心はなさそうだし、そういう部分は似ているのかもしれない。
しかし、警戒心がないのなら、なんで友達が出来辛いのだろう。不思議な話である。
「あのね、多分なんだけど、おねーちゃんが死んだのは私のせいなの」
「なんでそうなるんだよ」
「おねーちゃん、好きなひとがいて、私、あんまりその話きいてあげなくて」
「だから死んだっつーのかよ」
それはちょっと被害妄想が激しいのではないだろうか。
自分の部屋について、さっさか事情を話し始めた西中妹。彼女の台詞に対して、オレはそんなことを思った。
確かに、オレの後ろで、珍しくだまってオレ達の様子を眺めている彼女は、失恋して死んだ、とは言っていたが、失恋した話を妹が、きいてくれなかったからって、死んだりはしないだろう。
「ちよくせつ私と関係なくても、私がきいてれば、思いとどまったかもしれないから」
っつってますけど、そこはどうなんですか。
と、心の中で問い掛けると、いつも通り人のこころを覗いていたらしい西中姉は、オレの隣まで移動してきて、首を横に振った。
「それはないよ! 私、自殺を試してみたかっただけってのもあるから!」
お前のねーちゃん。頭おかしいよっていってやりたくなった。勿論思いとどまったが。
「あのな、自殺する人間は、大抵思い詰めてて、人の意見聞く余裕なんてないんだ」
こいつは多分例外だけどな。
「だから、お前がそんなに後悔することねーよ。お前がそんなんじゃ、ねーちゃん、お前が心配で成仏できねーかもしれねーし」
事実である。それでオレが迷惑を被っているのだ。
「あ、あの」
「なんだよ?」
「なんで、あべくん、きたの?」
「は?」
「だって、あべくん、私とはなしたことないじゃない」
「じゃあなんでお前はオレを知ってるんだよ」
誤魔化す為に、気になってることを質問返ししてやると、西中妹は、それは、と口籠る。
「私には、理由あるもの」
「じゃあオレも理由があるんだよ」
しかも、多分、お前より答えにくい理由がな。
素直に言おうものなら、多分精神異常者扱いを受けるだろう。
「とにかく、学校来いよ」
「うん」
「明日から」
「そんな、急な、」
「急じゃねえよ。今日で夏休みが終わったとでも思って、明日からこい。すぐ冬休みはじまんだから」
「う、うん」
「明日確認しに行くからな、クラスに」
そう言ってやれば、なぜか西中妹は、嬉しそうな顔をして、オレの前で初めて笑った。
しかし、ひきこもりを学校に来させるなんて、もっと手間の掛かることだと思っていたから拍子抜けである。僅か一日て終わってしまった。長引かれたら面倒だとは思っていたから、喜ばしいことではあるが、こんなことで西中姉は満足するのだろうか。
西中妹に別れを告げ、帰路につく。オレの心を読んでいるであろう彼女は、何を考えているのだろう。
「あのねー、もっこお願いいい?」
「時間かかんねーなら」
「すぐ近くに、お墓ある筈なの。だから、みときたいなって、納骨は、こないだ終わったみたいだし、ここに私がいるんだー。みたいな」
本当は、これが本題だったんじゃないだろうか。
落ち着いた様子でそう言った西中姉を見て、オレはそう思った。
自分が、死んだ事を納得したくて、だから、墓に行きたくて、でも一人じゃ、行けなかったんじゃないだろうか。
それはあくまでも気持ちの問題なのだろうが、まあ、確かに自分が死んだことを一人で確認なんて、オレだって嫌だ。例え自殺だったとしても、嫌かもしれない。
「わかった」
声に出して、そう短く答え、押していた自転車に跨がった。
逢魔が時はとっくに過ぎていて、辺りは闇に包まれている。
そんな中、オレは、西中に案内を任せ、彼女が眠るその場所に向かった。
2012/12/24