真実と死の宣告


「まず一つ目。君が、どこまで静雄と臨也の関係を理解しているのかなんだけど」

保健室のベッドに腰掛け、折原臨也は言った。

「多分全く理解出来てない」

彼等が、例えば義理の兄弟だったとか、そんなことがあったとしても知らない。

「じゃあこっちも一つ目の質問させて貰うね。折原さ、もしかしてあんた、臨也の時の記憶あるわけ?」

私は、とりあえず立っているのも疲れるので、向かい側のベッドに胡座をかいた。

さて、史上最低の答え合わせを始めようじゃないか。



「最初からあったわけじゃないよ。思い出したっていうのかな? 感覚的には、身に覚えのない……いや、心当たりのない記憶を身体が覚えていて、その記憶が徐々に蘇ってきた感じ。言うなれば、これは身体の記憶で、情報屋である俺の記憶は、精神の記憶とでもいうのかもしれないなぁ」

「うん。感覚は全くわからないけど、なんとなく折原も困惑してて混乱してることがわかった」

「じゃあ俺のターンだ。君は静雄が好きだった。自覚はある?」

薄々自分でも勘付いていたとはいえ、折原にその事実を突き付けられたのは不快だった。

しかし事実は事実。真実は真実。私は黙って頷く。

「なるほど。君のいう臨也くんの認識はあながち間違っていなかったわけだ」

「で、さ、いきなり本題なんだけど。昨日は何があったの?」

折原臨也の反応は、とても人間らしかった。単純に聞かれたくなかったような、そんな顔をした。

「まあ、俺もそれについて話したかったわけなんだけど」

「へえ、それで?」

「俺の最初の質問くらい。いくら君でも覚えてるよねえ?」

「失礼だよね。覚えてるよ。静雄と臨也の関係でしょ?」

勘だけは鋭いから。なんとなく気付いてしまう。

聞きたくないなあ。普通の子なら吐き気すらもよおすよね。

だって、好きな人が、まさか

「静雄と臨也には肉体関係があった」

「近親相姦の上に、同性愛者? 後者に関して、別に批判的な気持ちはないけどさ、禁断過ぎやしませんか?」

「俺に言わないでよ。その記憶だってついさっき鮮明に思い出して気持ち悪い思いしてるんだから」

だろうねー。ご愁傷様。と私が笑うと、折原臨也はまた不機嫌そうな顔をする。

なんだろう。なんていうんだろう。これ。

なんだかわからないが、胸の中のもやもやが晴れて、妙に清々しい。

「しっかし、私失恋かー」

「ご愁傷様」

「てか、もしかして、昨日ヤられそうになったの? あははっ、かっわいそー。だからバレそうになったんだ? 静雄あんなにあんた警戒してるんだ?」

「なんか急に元気になったねえ。まあそうなっても仕方ない程度に、俺も君も傷付いたよね。君はそもそも、臨也くんに壊されてたみたいだし、崩壊に拍車が掛かってもうボロボロのグダグダってところかな」

問題は。だ。臨也の飛び降り自殺は、そのまま私への牽制だったのか。ということだ。

静雄と私を疎遠にしたかった理由は、私が邪魔だったからなのだろうか。

「とりあえず。これでわかったよ。この身体が俺のものじゃあないってね」

「ああ、身体の記憶がどうって言ってたもんね。やっぱ元の身体のがいい? 気持ち悪い?」

「俺が言いたいことはそういうことじゃなくてさ。まあ、そういうことでもあるんだけど」

「うん? どういうこと?」

「つまり、身体が記憶を取り戻しかけてるってことはさ、」

その事実を嫌だな。ってなんで私が思うのかがわからない。

それは自然なことなのに。受け入れそこねただけの、先延ばしにされた事実でしかないのに。

「この身体はその内自分の死を思い出すよ。」

いるわけのない神様は、また私から臨也を奪うのか。

「身体の弱さは思い出したみたいだしねえ」

さっきの私のように、ぐらりと傾く折原臨也の身体。いや、身体は臨也のなんだから、臨也の身体かな。

そんなこと、どちらでもいい。

とにかく。折原臨也は倒れた。反射的に、私はその身体を支える。

なるほど臨也は死んだのか。こんなときに私は漸くそれを理解した。

身体が死を思い出すってのは、つまりどうやっても臨也が戻ってこないということだ。

それなら私も漸く────諦めがつく。

「あのさあ智恵美。今、泣くタイミングでは無いと思うんだけど」

「わかってるっつの」

自分が情けなかった。臨也が戻ってこないことに泣いてるのか、折原すら救えない自分に嘆いているのかがわからない。そんな自分が情けなかった。

「名前呼び捨てにしたのに、怒らないね」

「あんたは折原だからね。臨也は帰ってこないみたいだし」

「俺は、この身体が死んだら帰れるかもね」

「……」

「寂しい?」

そう言ってムカつく笑みを浮かべた折原臨也は、私がその質問の答えを言う前に意識を失った。

いろいろなことを忘れて、無理をして身体を動かしていたのだから仕方がないことなのかもしれない。

死んではいないだろうが、折原臨也の身体は、驚くほど青い。

「救急車呼ばなきゃ」

きっと、もう初恋は始まらない。



2011/09/10
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