答え合わせ開始


「退院おめでとうくらい、言って欲しかったなあ」

憂と昔話をした翌朝のこと。

学校へ行こうと外にでると、当たり前のような顔で折原臨也がそこにいた。久しぶりに見た制服姿に、吐き気がした。




異常なのは何も彼だけじゃなくて、憂も私もどこかおかしかったから気付くのが遅れてしまったが。歪みに巻き込んだのは間違いなく彼。または、彼らだった。

臨也と静雄は、特に臨也は、何かを手に入れる為には容赦のない子だったし、私はそんなことわかっていた。筈だったのだ。

だから間違いなく、臨也があの日落ちたのは、何かを手に入れる為で、その何かは決して、苦痛からの解放なんかじゃない。

そこまでは、昨日私達だけでも理解できた。

「じゃあ退院おめでとう折原。家で精々ボロを出さないようにね」

「ああ、もう出したよ。とりあえずシズちゃんにはバレたんじゃないかな?」

あっさりとそう言ってのけた折原臨也が、凄く不機嫌そうなことに気付く。

結局、一緒に寝る羽目になってしまったのだろうか。だから不機嫌なのだろうか。それとも断る段階でバレかけて大変だったのだろうか。

「あー、だから静雄兄とじゃなく私と一緒に登校しようとここまできたの?」

「それもあるけど、君の妹さんにクラスのこと訊きたくてさ。確か臨也くんと同じクラスだったはずよね」

「うん。一応ね。でも臨也は、まだ今年度は3日しか登校してないからわざわざ訊かなくても大丈夫だと────」

「あ! 臨也くん昨日ぶり! おはよう! もう今日から学校行くの? 大丈夫?」

そう、私の言葉を遮るように登場したのは、話の流れからもわかるように私の妹だった。

そっくりな顔が憎らしい。そんな妹。

同じ顔をしているのに、私よりずっと笑顔が可愛くて、愛想の良い。私の大切な妹。

そんな妹は、無視したわけでは無いだろうが、私など目に入らないかのように、というより、折原臨也しか目に入らないとでも言うように、折原臨也に、つまりは臨也ににっこりと笑いかける。

折原臨也は、まるで臨也かのように、妹に挨拶をし、じゃあ智恵美ちゃん、俺達先に行くね。と臨也そのもののような笑みを浮かべ、妹と共に臨也であるが如く学校へ向かった。

私でさえ、臨也だと勘違いするような。そんな素振り。

臨也と共に過ごした時間が一番長い、静雄より長い筈の妹でさえ気付かない。なのになんで、なんで静雄にはボロを出したんだ。

私にはそれが不思議だった。不思議でたまらなかった。





「おはよう。美香」

「三時間目はもうおはような時間じゃありませんよ? 智恵美ちゃん」

「社長出勤ご苦労なことだなぁ? 智恵美ちゃんよぉ」

「ちょ、やめてよお兄ちゃんさあ、ちゃん付けなんて気持ち悪過ぎるから」

折原臨也の制服姿に吐き気をもよおして、私は珍しくサボりじゃなく、本当に体調が悪くて遅刻をしたのだが、周りはそうは思ってくれなかったようで、静雄に関しては相当イライラしているようだった。

今なら狼少年の気持ちが少しわかるかもしれない。

「何と比べようと、手前のお兄ちゃん呼びの方が気持ち悪いっつってんのが、いつまで経ってもわかんねえみてえだな」

「ごめん、本当にちょっと体調悪いんだ。黙ってくれる? 静雄兄」

「いい加減にし……って、おい、本当に顔色悪いぞ大丈夫なのか?」

静雄が私の顔を覗き込んだのとほぼ同時に、私の身体がぐらりと傾いた。昨日憂に引っ張られたときみたいだ。しかし、今回は支えてくれる人間はいない。

そうじゃない。本当は、きっと私を支えてくれるだろうという人間が、目の前にいた。私は、支えて欲しくなかっただけだ。静雄には。

私はいつまで経っても床に倒れる事が出来なかった。嫌だったのに。最悪な答え合わせ。ただ嫌だったら、なんの問題もなかった。折原臨也が静雄と寝るのを嫌がるのとはきっと違う。答えは合わせたくない。気付きたくない。

「静雄、離し」

「副会長。会長は俺が、保健室連れて行きます。副会長に任せて怪我させたくねーんで」

いつの間にか、隣のクラスから憂が来ていた。静雄の筋肉質な身体とは違い、憂の身体は柔らかい。

「うっちゃん。私大丈夫だから」

「会長。もしかして女の子の日っすか? なんかイライラしてるし」

「それ、うっちゃん以外が言ったらセクハラだからね」

憂は私を支えながら、静雄を睨み付ける。いつからこんな関係になったのだろう。憂と静雄はあんなに仲が良かったのに。

いつから、なんて考えるまでもないのだけれど。





「憂ちゃん。久しぶり」

保健室に行く途中の廊下で、憂にそう声を掛けたのは、私の体調不良の原因だった。

「折原、なんであんた憂を知っ──」

「なんでって幼なじみだもん。智恵美ちゃん変なこと言わないでよ」

クスクスと可笑しそうに笑う折原臨也である筈の彼は。今朝と変わらず、まるで臨也だった。

「臨也。もうチャイムなるから帰れよ」

「あれ? じゃあなんで憂ちゃんはどこか行こうとするの?」

「俺は会長を保健室に」

「今さあ。保健室、鍵掛かってるんだよねえ」

その一瞬。私をちらりと見て、折原臨也は笑った。化けの皮をわざと剥がした。

怪訝な顔をする憂に、私に見せたものとは違う純度100%の笑みを向けて、折原臨也は続ける。

「学校でもし具合が悪くなったときすぐに保健室に入れるように、俺、先生から鍵を預かってるから一緒に行ってあけてあげるよ」

「それは、助かる。けど」

憂が私の様子を窺っているのがわかる。憂は敏感な奴だから、最近、私がおかしい理由が、目の前の男のせいだとなんとなくわかっているんだろう。

「うっちゃん。それなら私、おり……臨也と一緒に保健室行くから、うっちゃんは教室で待ってて」

「ああ、会長が言うなら」

そう言って教室へと戻る憂を目で追う。すると、静雄と目が合った。心配している目だ。静雄が私のことを先ほどよりずっと心配しているような、そんな気がした。体調以外に、何か心配なことがあるような、そんな気が。

「智恵美ちゃんに訊きたいことがあってさ。とりあえず早く保健室行こうよ。あまり人に聞かれたい話ではないんだ」

「……奇遇ねー。私も折原に訊きたいことがあったんだわ」

訊きたいことは山ほどあった。まず折原臨也。なんで一晩で静雄にあんなに警戒されてるんだお前は。そして、お前は臨也の何を知っている。



2010/05/08
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