- 昔々の話です。
「お前は行かねえのか?」
放課後。馬鹿な静雄は、わざわざ病院に私を誘った。
今まで、臨也が退院するのに、私が立ち会ったことがないのをしっている癖に。今まで誘ったことなんかない癖に。
もしかしたら折原臨也から何かを感じ取ったのだろうか。何にせよ私の答えは変わらない。
「いかないよ」
私の臨也に対する愛なんて、所詮は自分の庇護欲に酔い、それをを愛した結果でしかないのだ。
臨也が死んだ時。私は自分の四度目の初恋が終わったことを実感したし、五度目以降が無いことも理解していた。
そしてある筈のない五度目になるはずだった今回は、結局五度目にはならず。臨也の中身が折原臨也であろうがなかろうが、私がわざわざ退院するアレを迎えにいく必要なんてない。
「今回も行かないんすね。会長は」
「あ、うっちゃん」
生徒会室でぼんやりとそんなことを考えていると。うっちゃんがいつものように話し掛けてきた。
中学の時は、生徒会室じゃなく図書室だったのをふと思い出す。
「寝たきりの人間しか愛せないなんて。やっぱり私は病気なのかな?」
「会長は病気なんかじゃありませんって、俺は何回も言ってるでしょ?」
困ったように笑いながら、うっちゃんは言う。いつの間に会長が定着したのだろう。前は、なんて呼ばれていただろう。
思い出せない。思い出したくない。何が嫌なのかがわからない。
「それに会長。会長が寝たきりの人間しか愛せないようなら、俺は喜んで寝たきりになりますから安心してください。最終的に俺を選べばいいんすよ。」
「駄目だよ。うっちゃんがいないと私静雄に殺されちゃう」
歪んでる。うっちゃんは歪んでる。歪ませたきっかけを私は思い出したく無いのか。歪ませたきっかけはなんだっただろう。
「会長が死ぬのは嫌っすからねえ。じゃあ、寝たきりは止めます」
「あーのさ、憂」
「はい?」
「久々に思い出話でもしようか」
臨也がああなったのは、もしかしたら私達に課せられた罰なのかもしれない。ふとそう思ったから私は言った。
これは過去の話。私と憂が狂った時の話。
あの兄弟に、私達が壊された時の、はなし。
中二の初夏
私はあの頃、臨也の事なんてどうとも思っていなかったし、そこまで静雄に嫌われていたわけでもなかった。
あの頃はまだ静雄兄なんて呼び方をしていなかったし、静雄もここまで臨也を溺愛していなかった。
臨也と私は仲が良かったが、毎日病院へ顔を出していたわけではなかったし、私は中学生らしく、憂と二人でカラオケなんかに行ったりして遊んでいた。カラオケこそ行かなかったが、静雄とも、静雄の家で遊んだりはしていた。
日常がとても幸せだった。
そのバランスが崩されたのはあの日。三日振りに、私が臨也の見舞いに行った日のことだ。
私が臨也のいる個室のドアを開くと、臨也はベッドには寝ておらず、窓の縁に右手を掛けて外を眺めていた。
そして私の存在に気がつくと、こちらに向かって、一度にこりと笑い、その身を空に投げ出した。
私の頭には、三日前の会話が頭を過ぎる。
『死ねば、楽になるかな』
儚い笑みで、臨也は言った。私は、答えてしまった。
『死んでみりゃわかるんじゃない?って、まあ、死んだら何にもわからないか。』
『何もわからなくても、わかってるのに何も出来ない今よりいいよ』
『じゃあ、死ねば?』
そんな言葉を本気にしたのか。それとも、違う意図が有ったのか。
とにかく臨也は飛び降りた。否、臨也は、跳び、そして落ちた。
非力な私を嘲笑うかのように、優しい笑みを浮かべながら。
2011/08/04