落ちていく、愛


死にたいんだ。と、臨也は言った。臨也が死ぬのは嫌だなあ。と思いながらも、私は、


その手を放した。





中二の夏。病院の自分の病室の窓から臨也が落ちた。

私は、咄嗟に目の前で落ちていく臨也の腕を掴んだ。いくら臨也が細いとはいえ、私の腕では、人間一人を持ち上げることは出来ず、臨也が死にたいんだという言葉を言い終わるか言い終わらないかというくらいに、私は力尽き、臨也の腕を放してしまった。

結果臨也は助かった。下の植え込みのせいで助かってしまったのだ。とはいえ運動不足で骨が弱っていたため、至る所の骨が折れて、それなりに危なかったのだが。

自殺未遂だということは明白だったので、助け損ねた私が罪を問われることもなく。

ただ、静雄との溝を深めただけだった。

アイツは今でも疑っているのだ。私が臨也を殺そうとしたのだと。自殺ではあったものの、臨也を死ぬようにそそのかしたのは、私だと。

そしてそれは、あながち間違いではなかった。しかし、正しいわけでもない。

確かに、私は言ったのだ。弱気になって愚痴ばかり言っていた臨也に、そんなに辛いなら死んじゃえば?と。

でも私だって、私だって静雄と同じで、本当に臨也に死んで欲しいわけではなかった。死んで欲しいわけがなかった。

だって私は臨也のことが好きだったのだから。

(ホント、静雄兄は狡くて嫌になるよ)

臨也が静雄兄の前では気丈に振る舞っていた。なんてことも静雄兄は知らないのだ。今回だって、大好きな弟が別人になっていることに気付かないし。

臨也が私を信頼してて、甘えてくれたのは嬉しい。でも今回のことは私だって気付きたくなかった。

「騙しててくれたら良かったのに」

「悪かったね。話しちゃって。」

誰にも聞かれない筈だった言葉。それをよりによって聞いていたのは、折原臨也だった。私以外誰もいなかった筈の病院の屋上。折原臨也は、いつの間にかそこにいた。

「今から、君の前でも、君の言う臨也くんになりきろうか?君が一生懸命話してくれるから、大体彼のこともわかってきたしねえ。」

「はっ、馬鹿じゃないの」

「そもそも最初から君に望んでたのはそれだけのことだからさ、わかってるだろうけど信用なんて嘘だよ。もしかしたら君の大好きな臨也くんの信頼だって嘘だったのかもねえ。と、まあそれはいいとしてさ、俺はただ、君に教えてもらった方が、君の言う臨也くんの事がわかって助かると思っただけ。つまり君はもう用済みなわけだ」

嘘吐きはどっちだ。言いたいのに言えなかった。

彼にこんなことになったことについて辛いか聞いたことはないが、辛いに決まってる。折原臨也はあくまでも人間だ。自分を知る人間がいないところで他人を演じながら生きるなんて、下手すれば一生を終えるなんて、辛くないわけがない。

しばらくすれば、折原臨也のことだ。うまく性格は自分に戻すことが出来るかもしれない。それでも、独りが辛くないわけがない。

わかっていても、それを言葉に出来なかったのは、私が弱かったからだ。折原臨也が心の底から此処に居たくないと思えば、臨也が戻ってくるんじゃないかと思ったから。

そして、折原臨也は、その気持ちを察したかのようにニヤリと笑った。

「ああ、やっぱりそうか」

ドキッとするくらい楽しそうに、寂しそうに、笑う。折原臨也の本心がどこにあるのかがわからない。

「君、俺に演じてて欲しいんだ?彼を」

「誰がそんなこと」

「聞くけどさあ、入れ物が君の愛する臨也くんだとして、君は俺を愛することが出来るのかな?」

「愛せるわけないだろ、バーカ」

「なら、その入れ物に入った俺が、臨也くんを演じたとして、君はそれでも俺を愛せないの?」

何が言いたいのかが、わからない。折原臨也は、何を指摘したいんだ。

「それでも私はあんたは愛さないよ絶対に」

「なら君は、一体彼のどこに惹かれたの?最初の話に戻るけどさあ、俺がまるで、元に戻ったかのように振る舞ったら、君は間違えて俺を愛しちゃうんじゃない?」

なんて意地の悪い質問。幼なじみが死んで傷心中の女の子に平気でそんな質問するなんて。本当に酷いやつだ。

「わからないなら教えてあげようか?」

「いらない。」

本当に、臨也はなんのためにこんな代わりを私に残したんだろう。

やっぱ臨也、私が嫌いだったのかな。



2011/07/16
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