- 緩やかに崩れる
私達高校生にはテスト期間というものがある。つまりそれは、お勉強をしなさい週間にあたり、その間の部活動は禁止とされているらしい。もちろん野球部もだ。よっぽどの強豪校なら免除なんてのもあるかもしれないが、ベスト8とはいえ、うちにはサッカー部という目の上のたんこぶがあるわけで、そんな待遇を受けられるのは、そのたんこぶくらいなのであった。
自主トレくらいミー太はしているだろうけど。とにかくその間は野球が出来ないわけで、テスト期間は絶好のデート推奨期間なのでありました。
「ミー太、二十四日が誕生日なの?」
「おー、」
さんまりわし無愛想だ。間違えた。三割り増し無愛想だ。どうやら私もミー太も初でーとに緊張しているらしい。冗談と言って誤魔化したいっす、先輩。
カップルの多い人混みの中を手を繋いで歩く。私達はとりあえず池袋に出てきていた。ちなみに今日はテスト期間中唯一の土曜日であり、彼も私も私服だ。
ミー太は私の私服姿を見たことがあるハズだが、私がミー太の私服姿を見るのは初めてで、なにやらとても新鮮だ。本当ならほめ言葉の一つくらい言いたかったのだが、先ほど待ち合わせ場所で彼と会った時に、先に可愛いと言われてしまって、私は盛大に照れてしまい、ミー太も格好いいよ。なんて言う余裕がなかったのである。
「じゃあお祝いしないとね」
「サンキュー、つーかオマエは誕生日いつなわけ?」
「ん?私のはねー、いつだろうね?」
意味もなくはぐらかす。だって、その日まで付き合っていなかったら、ミー太にとってそんな情報いらないものになるわけだし。そんな物で、ミー太の頭の容量を減らすわけにはいかない。
「それはともかくさ、とりあえずここでいいよね?」
東口を出て暫く歩くと、目的地のカラオケに着いた。まだ早い時間だからそこまで混んではいないハズだ。池袋だからわからないけれど。
今日は、カラオケで一時間くらい歌った後、二人で適当に池袋で遊ぶ予定なのである。サンシャインシティとか、ゲーセンでプリクラとかも撮りたい。恋人らしくね、恋人らしく。
ちなみにカラオケが一時間というのは、歌が下手であろうミー太への私なりの配慮だ。一応、もっと長い方がいいかは聞いたのだが、一時間で構わないと言ったところを見ると、やはりミー太は歌はあまり好きではないのだろう。
私は、一人でカラオケに行っても、最低二時間は歌い続けることが出来るが、相手を退屈にはさせたくない。なんてらしくもない気配りを心の中で嘲笑いながら、私は受け付けを済ませた。
で、待ち時間。
「野村って、なんつーか」
「なに?」
「字、汚いよな」
ミスした。しかもさり気ないミスだ。てか細かい。ミー太細かいよ!
そりゃあ、ミー太の好みは(多分)可愛らしい優しい女の子で、私をそんな感じに勘違いしていたのだろうけど、まさか字にまで可愛らしさを求められるとは。ちか子に999のダメージ!
「ごめん」
「いや、それがどうっつーわけじゃねーンだけど」
ならなんで指摘した。それ以外会話のネタが見つからなかったのか。もー!ダーリンは全く、シャイなんだからあ!ええ、笑えない冗談ですよ。
「あと、なんつーか、あれだ」
「なんだね」もうヤケだ。なんとでも言え。
「他の女子とかと違って、爪、塗ってたりしねーンだなって」
「ごめん」
「そうじゃねっつの!」
そうじゃないならなんだ。とか、私なに普通に不機嫌になってんの。ミー太の好みじゃないの嫌なの?相変わらず私には自分がわからない。
「なんもしてねーけど、オマエの爪キレイじゃん」
「あ、ありがとう?」
「オレは、なんつーんだっけあれ、ネイル?とかしてねー方が好きだし」
ガツンと、頭部を殴られたような衝撃が走った。
好きって言われるのはダメだ。可愛いとか付き合えとかなら良いけど。私が勝手に好かれてるって思うのは良いんだけど。彼にそう言われるのは、私が彼を好きではないから、なんというか、罪悪感を感じてしまって、どうもダメだ。
「そう、ありがと」
ネイルは絶対しないでおこう。ミー太が、この方が好きらしいから、とりあえず。
そもそも、猫を触るのにも、ネイルしてるとちょっと怖いし。爪を長くしておけないのは、人や動物を傷付けたくないからなのだ。もちろん冗談だけど。
暫くして『ミウラ』という名前を胸に掲げた店員さんに名前を呼ばれ、私達は部屋へと移動した。
部屋は、カップル向きの少し狭めな部屋で、どうせなら暗く、とも思ったのだが、ミー太の目が悪くなるといけないので照明は落とさずに歌うことになった。今、私の世界はミー太を中心に回っているのだ。
「ミー太は何歌う?」
「テキトー、オマエ好きに歌えよ。オレ聴いてっから」
それじゃつまらないんだよ。なんてワガママは言えないので大人しく一人で歌い初めて三十分。ミー太はノリノリで激しい歌を歌っていた。お約束である。
ちなみに、歌声は思ったより下手ではなく、なんというか普通だった。でも多分自分に酔ってると思う。私置いてけぼりだからね。楽しんでくれているみたいだからいいけど。そんでもって、私も、なんだか楽しくて。
「ほら、次オマエだろ」
「あ、うん」
心地が良いとか思ったりして。
「じゃ、ほら」
マイクを手渡された。カラオケには基本的に二つマイクが常備されているし、私の前にも置いてあったのに、ミー太はわざわざそれを手渡してきた。
私はそれを受け取るときに、わざとミー太の肌に触れる。
ミー太が、ビクッと反応したのがわかった。そう反応するってわかってた。でも、触りたかった。
「ミー太。次さ、なんかラブソング聴きたい」
歌でなら、好きって言葉をちゃんと聞ける気がした。
「んで私も、ラブソング歌う。」
歌でなら、好きって言葉を言える気がした。
ミー太が、可笑しそうに、嬉しそうに笑った。私は、何故だか泣きそうになってしまう。胸が痛い。そうじゃない。私は、可愛くない。
「あのな、野村」
「なに?」
私の歌う曲の前奏が終わった。でも、歌い出せない。ミー太がマイクを離さないから。もう一つマイクはあるけれど。
「お願いされなくても歌うっつの、ンなの、彼氏にわざわざ頼むことじゃねーだろ。」
他のカップルを知らないから、何が普通なのかなんて私にはわからなくて。多分、本当はミー太もわかってないのだと思う。
「そう、かな」
「まあ、次に歌ってやっから、ほら、とりあえず歌えよ」
でも、ミー太は確実に私に違和感を覚えただろう。恋人らしくすることに必死で、余裕のない私に気付いた。そして、その余裕の無さが、緊張によるものでは無いことにも気付いてしまったに違いない。
「うん、歌う」
榛名くんの理想と、現実の私にどんどん差異が出てきている。多分。
2011/05/22