- 雨の日に出逢った子猫
一匹以外は死んでますな。
高校一年生の秋、土砂降りの雨の日。ダンボール箱に入った数匹の獣を見下し、私はそう脳内で感想を述べた。
うちはマンションだけどペットOKだし、残った一匹を飼えないことはないけど、うちの家族がマトモにペットなんか飼えるわけないし、普通にスルーだよね。だって普通にスルーしちゃうような人間育てた親と、そんな親に育てられた兄弟達だもの。
「ごめんね。」
なんて思ってないけど、呪われたりしたくないから言っておく私であった。
これにて私と猫の絡みは終了。残念だけどドラマチックな話にはならないのです。というのは、ひとまず冗談としておいて。
そのくせ、私はその前を動けなかったのだ。
飼えないから見殺しにする。見捨てないで見殺しにする。死んでいく猫を眺める。そうやって命の大切さを学ぶ。
本当に、本当は、本当で、本当の、本当な、本当だった。
「ごめんね」
助けられない命にというか、この子がこのまま野良になったとして、迷惑がる人間に虐げられて、可愛がる人間に餌を貰い、中途半端にギリギリのところで生きていくんだろうなと思うと哀れに思えて仕方がない。
この子達はそれでも生きられて幸せかもしれないけど、きっと少しは不幸せで、それは結局拾わなかった私のせいになる。
個人が何か一つしたりしなかっただけで、色んなものの運命が変わって、人間だけの話じゃないだろうけど、ならば、動物って生きているだけで神様だよね。冗談だといいんだけど。
何時間かたった頃に、最後の一匹が息を引き取った。捨てられて随分経っていたんだろう。弱ったところに雨。寒さで死んだのかもしれない。安楽死に近ければいいと思った。餓死は辛いだろうし。
触ってみたらまだ温かい。雨は容赦なく、その生きていた証さえ奪うけれど、私が抱いていれば、その温もりだけは保たれる。虚しい。
猫が入っていたダンボールを抱えて一度家に帰り、小さな鉄製のスコップを持ち出して、適当な大きめの公園に移動。家から少し離れたところだったので、移動中変な目で見られた。私は傘を差していないのだ。
小さな猫が三匹入る分の穴を掘って、猫を中に寝かせる。これにも相当時間がかかって、そろそろ日が落ちそうだ。曇っててよくわからないんだけど。
そんな時、不意に曇っていて最初から薄暗かった周囲が更に陰る。後ろに誰かが立っているようだ。敵襲だろうか。敵というのに複数心当たりがあるのが今時の女子高生なのである。冗談じゃないわけがないわけなのですが。
「なに、オマエ、ノラ猫埋めてやってンの?」
振り返れば、そこには敵襲ではなく、うちの学校の制服を着た男子が一人立っていた。隣のクラスの前を通ったりするときに見たことがある。ていうか、彼は最近微妙に話題になっているやきゅうぶのはるなくんだ。私は元カレがやきゅうぶに所属していたので、やきゅうぶの人はやきゅうぶというだけで苦手なのであった。敵襲よりピンチ。なんとなく。
「そうですけど」
会話終了。スコップでちまちま穴を埋め立てるのは面倒なので、手で一気に埋める私。もう振り返りません。猫の事も、後ろにも。爪の間に入る土だって知らんぷり。
埋め終わったので、目を閉じて、一応泥だらけの手で合掌してみた。掛ける言葉なんて何も思い浮かばないから、とりあえず御冥福をお祈りしておく。隣に誰かがしゃがんだ気配がした。誰かなんて確認しなくてもわかる。だから確認しなかった。隣の誰かは、私と同じように手を合わせているみたいだ。
「オマエ、隣のクラスの野村だろ」
「そうですけど」
はるなくんを私が知っているのはともかく、はるなくんが私を知っているのは少し不思議だ。知名度は明らかにあからさまに違うはずだし。
いや、私も実は悪名だけは高い筈なんだけどね。ふふふ、冗談かな?どうだろう。
と、そこでようやく私は、はるなくんが、何気なく私に傘を差し掛けてくれていることに気が付いた。
「ええと、それが?」
「いや、ベツに、ただの確認」
はるなくん、大切な肩が濡れてるよ。傘自分だけで差しても大丈夫だよ。
そう言おうと口を開いて止めた。これ以上話すこともないし、私はもう帰ろう。
「傘、ありがとうございました。でももうびしょぬれなのでいいです。失礼します。」
はるなくんの横を抜けて、うちに向かって歩き出した。学校付近でもないのにはるなくんは何故こんなところを彷徨いていたのだろう。なんて多分答えは簡単。すぐそばにスポーツ用品が売ってるお店があるのだ。
それにしても私はもしかすると、はるなくんに優しい子とか思われてしまっただろうか。もしそうなら、とても心外だし面倒だから、もう彼と関わるのは止めよう。
だが、そんな私の気持ちとは裏腹に、次の日からはるなくんは逆に私と関わろうとしてくるようになった。
そして勘違いはどんどん加速していく。
2011/05/15