- ライン際の攻防戦
おうちに帰って、愛しのハニーにメールする。そんな浮気めいた冗談は靴の底で押し潰し、圧死させ、私は、メール送信後、一仕事終えた携帯を机にほっぽりだしてお手洗いに行くことにした。ゴミになった冗談を流さなければならぬ。冗談だけど。家の中では靴履いてないし。
用を足して部屋へ戻ると携帯が今流行りのドラマの主題歌を歌っていた。良い歌声だ。カラオケに行きたくなってきた。そういえばミー太は歌はうまいのだろうか。
見るからに歌が下手そうなダーリンを思い浮かべつつ、気持ちよさそうにドラムの演奏を続ける携帯電話のスティックを取り上げる。途端に止む音楽。代わりに聞こえてきたのはハニーこと孝介の声だった。
「どうした」
『彼氏って何。お前がお付き合いなんてマトモに』
ブブー。孝介は踏み込んではならない私の心の領域と聖域を侵そうとしました。
「部員何人?」
『は?』
「西浦の野球部入ったんでしょ?何人だっけ」
興味なんて、ミジンコの心臓ほども無いけれど聞いてあげた。自分の為に。
『マネージャー入れんなら十一だけど、話変えンなよ』
「マネージャーいるんだ?女の子?」
聞きたくないセリフはスルーしろって教えられていましてね。意味の無い冗談だけど。
『女だけど、っていい加減にし』
「孝介。君とは話したくないって言うべきなのか私は」
孝介が息を飲んだ音が耳についた。
嫌なノイズだ。冗談じゃなく、本気で。
私はただ、自慢したかっただけなのに、なんでこんな嫌な気分にさせらんなきゃならないんだろう。神様は私が嫌いか。私が神様を嫌いなのか。まあ、神様なんていないだろうけど。
「マネージャーさん、かわいい?」
『まあ、』
「なら良かった。青春ですな」
私も、青春出来たらいいな。とか、なんの冗談。青春に本気になれたら良いなって、それは冗談なのか?自分の脳みその統率すら出来ない私って本当にダメな子だな、とか。
ミー太も、だから私なんかに惚れちゃったんだろう。
不安定に安定して、それがデフォルト化している私だから、誤解して、私はミー太の思ってるような子じゃないんですよ。本人に言えないのは、結局私がミー太に嫌われたくないからなんだろうか。わからないわからないわからない。
『イミわかんねーよ』
「わからなくていいよ」
私だって、私の意味がわからないんだから。
孝介との電話を切ったあと、ミー太の声が聞きたくなったので電話をしてみた。僅か三秒くらいで出てくれた。携帯をいじってる最中だったのだと思う。
「今ダイジョーブ?」
『平気』
「急に声が聞きたくなりまして」
普通にカップル的なことを出来てる自分に安心した。大丈夫。まだ私は大丈夫。
意味のわからない安心はどこからくるのか。それはわからないけれど、安心出来るのは良いことなので良しとする。
『オレも今、電話しようと思ってたっつーか』
うわ、なにそれ以心伝心嬉しいしバカップルだしどうすんだよこの気持ち。とミー太の心情はこんな感じなわけですな。勘だけど。
「それはそれは、なにやら嬉しいですな」
『そーか』
「そうです。あ、そうだ、あのさ、ねえミー太。今度カラオケ行かない?」
『いいケド、いつ?』
「私は常に暇だから、ミー太が空いてるときでおっけーっす」
ミー太の声が緊張しているのが伝わってくる。私もそれにともない緊張してしまう。これはそうか、はちゅこいってヤツか。無論冗談であるのだった。はちゅこいだし。
『あーじゃ、明日部活の予定確認しとく。』
「うんお願い」
『……なんつーか、オレ達ホントに付き合ってんだな』
その台詞、そっくりそのままミー太に返したい。
コクられて、見に行って、勝たれて、付き合って、手をつないで、ご飯食べて、電話して、約束して、ああこれ付き合ってるんだなって、私も今更思って、実感した。
榛名くんなんか、好きじゃないけど。愛してるし愛されてるなとか思って、ぶっ壊れそうになるくらい頭使って、どうやってミー太を好きになればいいのかとか考えなきゃいけないし、好きになれやしないし、勘違いだし誤解だし。
それなら、せっかくだから振り返ってみようか。ミー太が私を誤解したきっかけを
あの頃、榛名くんは当たり前だがミー太じゃなくて、うちにもミー太がいなかった。
私が猫なんか好きじゃなかった、あの頃の話。
2011/05/07