幸せを噛み砕く


その日の昼休み。私はミー太こと榛名くんを昼餉に誘った。一昨日の試合で見掛けた眼鏡の子と一瞬にいたけれど、私は強引にミー太を連れ出すことに成功。さて、これは冗談でしょうか。

「ミー太はお弁当かね」

「おう。お前は?」

「私は学食なんだけど、月曜日からは二人きりで食事をしたいからお弁当に切り替えることにするよ」

明日からじゃないのは、明日が土曜日だからであります。

恋人になるからには恋人らしくをモットーに。形から入りたがるのは私の一番の悪いクセだ。それこそ当然の如く冗談である。

私の一番の悪いクセは、その存在自体の強すぎるクセであり、なんて中二病を気取ってみたり、それが事実だったり、うむ、忙しいし、忙しない。

当たり前に繋がれた手に、周囲の視線が注がれる。そわそわしたり、照れたりするミー太が可愛くて仕方がない(猫的な意味で)

「二人きりか」

「いや?」上目遣い出来る程の器用さなんて私には無いので悪しからず。普通にミー太の顔を見上げた。

「嫌なら、月曜日からも二人で学食だけど」

「イヤじゃねーけど、そこまでしたいと思ってくれるとは思ってなかったっつーか」

結局、思ってくれたのか思ってなかったのかはわからないなんてことはなく、私にきちんと意味は伝わった。日本語って難しいですね本当!

「ミー太」

「なんだよ」

「ミー太が思ってるより、私はミー太を愛してるんだよ」

それが猫的な意味だかは自分でもわからないが、とりあえず、私は別に榛名くんを好きではない。でも愛してるのは本当。このニュアンスはきっと伝わりにくいから、好きかと聞かれたら、絶対に愛してると言うことにしよう。おねーさんとのお約束だよ。

ミー太が顔を逸らした。横を歩く私には後頭部しか見えないわけだけれど、なんとなく表情は想像出来る。

どれだけ照れても手を離さないところをみれば、つまり、彼もこういうのは嫌ではないのだろう。



学食に着くと、ミー太より小柄な上級生に声を掛けられた。多分野球部の先輩だと思われる。

坊主頭で、目の大きい男の先輩だった。ミー太が嬉しそうに、その人の名前を呼ぶ。彼は加具山先輩というらしい。はて、どこまでが名字でどこまでが名前だろう。という冗談は折って畳んで心の押し入れに収納して、私は控えめの可愛らしい彼女を装って頭を下げた。

「あ、えーと?」

加具山先輩さんは不思議そうに私を見て首を傾げる。控えめの可愛らしい彼女であるハズの私より可愛らしい動作をするとは、こやつ、なかなかやりおる。とりあえず私は、自分がミー太の彼女だと言うことを彼に伝えることにした。

「あの、私、榛名くんの」

さあ、続きを言うのだミー太。私これ以上は気分的に言いたくないから。唇と舌を動かすのが面倒というか、動かしすぎて自分が永眠する為の穴を掘りそうというか。

「オレの彼女っす」

嬉しそうにミー太が言ってくれたのが嬉しかった。

「彼女!?え?いつから!?」

「一昨日?いや、今日からっつーか」

ミー太が意見を求めるように私を見た。困ったようなその表情は、どちらかといえば雨に濡れた仔犬。そういえばミー太は雨に打たれる仔犬を連れ帰るところにギャップ萌えされるタイプだろう。でも連れて帰ってもうちでは飼えませんって親にばっさり斬られて落ち込むタイプ。ならばその犬はうちで飼ってあげようなんて話になったりして、そこから二人の関係が親密になっていくラブストーリー、は一旦置いておいて。放置プレイした現実に頭を戻す。

「私は産まれたときから榛名くんの彼女です」

あ、ここのボケは捨てられて雨に打たれていたところを拾われたときからにすべきだった。反省反省。

「え、あー、えーと」

「冗談です。今日から正式に彼女を務めさせて頂くことになりました野村です。よろしくお願いします」

「あ、加具山です。よろしくお願いします」

彼が凄く真面目なキャラクターなのは理解出来たので次回からボケは控えめでいこうと心に誓った。女心は秋の空だけれど、誓い自体に変化は無いはずである。

「てかあれ、加具山先輩学食でしたっけ?」

「今日弁当忘れてさ。榛名こそめずらしいじゃん」

「オレは、なんつーか、彼女が学食なんで」

「ああ!そっかー、そうだよなー、彼女か、彼女だもんなー、一緒にメシ食べるよなー」

じゃ、邪魔しちゃ悪いし、じゃあな!と元気良く爽やかに加具山先輩は去って行った。実に可愛い先輩だったと少しその愛らしさに嫉妬。私もあんなキャラになってみたいものである。



そんなわけで、私はミー太に席をとっておいてもらって、いつも通り日替わりランチことA定食を学食のおばちゃんに頼みに行く。

お姉さん今日も綺麗ですねー。やだぁ、そんなこと言ったってなんもオマケできないわよ。別にオマケ狙って言ったわけじゃないですよ、私も彼氏出来たんで、その美しさを見習いたいなって。彼氏なんか出来たのかい!じゃあこれその彼氏さんにサービスしとくわ!ありがとうございますー。

と、まあ、学食のおばちゃん様々、ミー太様々って感じに唐揚げを無料でゲットしたところで席に戻れば、またダーリンは誰かに話しかけられていた。モテる彼氏を持つというのも考えものである。

ミー太がその人に別れを告げ、手をひらひらと振り見送る。私にはまだ気付かない。後ろから抱き付いてやろうかと思ったが、トレイが私と彼の仲に妬いて、私の両手を自由にしてくれないので、それは叶わなかった。

「ただいまミー太。」

「おお、おかえり」

机にトレイを置き、彼の前に着席。ミー太には待てをきけたご褒美に唐揚げをあげることにした。なんかもう犬である。

「ミー太、これあげる。」

食事制限なんかもしてたりするかなと思っていたのだが、育ち盛りの男の子なので、唐揚げは普通に彼に貰われていった。

「サンキュー」

手を合わせまして、いただきます。今日のところは、あーん。とかってのはしないでおいて、普通に会話を繰り広げることにした。ハイペースはマンネリの元だ。

「月曜日からはどこで食べようか」

「四階の視聴覚室ン前なら人いないんじゃねー?」

ミー太が何故そんな情報を知っているのかは知らないが、とりあえず第一候補はそこということにした。私は学校をよくサボるし友達が少ないので、学校内の情報が乏しいのである。

そんな私をミー太はよく好きになったものだ。心当たりは無きにしもあらずだが、何度も言うように、多分ミー太は私を勘違いしているのだろう。

私も多分ミー太を勘違いしているし、五分五分といったところである。だから今はそんなことを気にせず、目の前の幸せを噛みしめる事にした。ちなみに幸せというのは美味しい食事のことであります。



2011/05/07
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