- エピローグのプロローグ
初代ミー太の夢を見た。
懐かない癖に、あの子は気が付けば隣にいた。
おいでって手を伸ばしてもあの子はこっちに寄って来なかったから、私はそれを誤魔化すように『冗談だけど。』って使うようになったんだ。
二代目ミー太とは全く違う。人間なミー太とも、多分違う。
それでも、何故か私は、あの子が大好きだった。
だから、好きになってほしかった。
夢の中でミー太は、高校生になった私の隣の一メートルくらい離れたところに座っていた。
昔と同じ。何も変わってなくて、嬉しかった。
ミー太を思い出した。人間の。そしたら、何故かちはるさんが出て来た。
ちはるさんは、多分初代ミー太みたいなもので、ミー太は私だ。あーなんかわかりにくいね。つまり榛名くんは私だ。
榛名くんはあんなにちはるさんが好きなのに、ちはるさんは榛名くんが嫌い。
その時代を知りもしないのに、夢の中でミー太とちはるさんがいちゃつく。とてもイライラした。
そんなの見たくないので私はその場に寝っ転がり、夢の中なのに目を閉じてもう一度眠ろうとしすると、誰かに手を舐められた。
目を開けなくてもわかる。ざらざらした、痛いようなこの感じは、本物の猫の舌だ。
二代目のミー太は私を舐めないから、私が猫の舌の感触を知っているのは、初代ミー太が生きてた時、私がお母さんとかに怒られてこうしてたとき、こうやって構ってくれたから。
「ミー太は、私が、辛いとき一番傍にいて欲しいヤツの名前だったね」
ミー太の頭を撫でる。いつものように嫌がって、またミー太は私から一メートル離れた。
学校に行ってる間以外、ミー太はああやって、いつも同じ位置から私を見ててくれたのだ。
死ぬときはいなくなっちゃったけど、私は泣きながら探し回った。
様子がおかしいのは気付いていたのに、私だってあのこを一メートル離れたところからずっと見てたのに、ミー太は急にいなくなっちゃって。
私はミー太を看取りたかったのか。見捨てるんでもなく、見殺しにするんでもなく、ちゃんと看取ってあげたかったのに。
あれ?じゃあ、榛名くんは?
私は彼をどうしてあげたいんだろう?
盲目に信じているフリをしているけど、私は例えば榛名くんが試合で負けたりしたら、何が出来るのかな。
見殺しにするのと看取るのは違うのだ。
ただ傍にいるだけでも、この二つは全く違う。
愛が違うだけじゃない。
ねえ、じゃあ、結局何が違うの?
ARC戦で、榛名くんが負けた。
試合が終わった後、私が榛名くんのところについた時点では、彼は泣いてなかったけど、目は赤くて、どうしていいかわからなかった。
榛名くんはいろんな人と会話しているのに。私だけは声を掛けられない。
暫くすると、榛名くんのところにちはるさんが来た。あの人、本当に観に来れる試合は毎試合観に来てるんだな、って他人ごとのように思った。
ちはるさんが榛名くんを抱き締めた。ちはるさんも泣いてた。
ちはるさんの嘘吐き。私よりずっと上手じゃないか。
私は二人に背中を向けて走り出す。
もしかして正夢だったのかな。あの夢。
頭がぐらぐらする。
そういえば、こんな暑い日に観戦するの初めてだっけ。
日傘差し忘れてた。暫く飲み物も飲んでないし。
うわ、日射病とか、私、カッコ悪。
そして身体が傾いて、傾いて、傾いて──────あれ?
地面に倒れこんだハズなのに、身体はいつまでも痛みを感じない。
「……って、なんだ孝介か」
「なにやってんだよ。なんだって失礼なヤツだな」
閉じていた目を開けるそこには孝介がいた。孝介が私を支えてくれていた。
そしてなにやら可愛い女の子が駆け寄って来たけど、ああ、彼女が言ってたマネージャーさんかな。
ていうかなんだ。孝介も観に来てたのか。
それにしても頭がクラクラしてどっからどこまでが白昼夢なのかがわからない。
でも確かに、目の前に孝介は存在する気がして、だから私は、久々に、孝介に頼ってみることにしたのだった。
そして数分後。
私は、孝介の手で日陰に連れてこられ、氷で身体を冷やされ、スポドリなんかも飲まされて、手早く応急処置を施された。
先ほどのマネージャーさんがテキパキと動いていた。年下なハズなのに私よりかなりしっかりしている。めちゃくちゃ羨ましい。冗談だけど。私のがしっかりしてる……というのが冗談だなんてバレてますよねー。あははー。
「なんでちゃんと熱中症対策してこねーんだよ」
「違う。してきた。試合見てるときは日傘してたし。これは、試合の後半から飲み物飲まないで、その後全力疾走したせいだから」
無我夢中でめちゃくちゃ走ったからね。しかも私寝不足だったりもする。
「なんで全力疾走するんだよ」
「スポーツ見てたら私も走りたくなった」
冗談だけど。
「嘘つけ。ったく、オレはもう行かなきゃなんねーから行くけど、後でちゃんと病院行けよ」
「ふぇーい」
孝介とそんなやりとりをして別れた後で、ようやく、私は自分の携帯が震えていることに気が付いた。
しかも電話。なんて言えばいいかわからないし出たくないけど、出なかったら榛名くん怒るし。それにちょっとは声、聞きたい。でも、やっぱり出たくもないんだよね。
そう悩みながら、私は一応携帯を開く。
そして、意を決して通話ボタンを押そうとしたところで、目の前に嫌な気配を感じた。
「……ちはるさん」
「なんで逃げてるの。バカなの君は」
なんていうか、今思ったんだけど。初代ミー太はなんだかんだで私を好きでいてくれたと思うんだ。だとしたら、きっとちはるさんだって榛名くんが好きで。
「元希が待ってんのはアンタだったのに。本当に君は……つまり天才的なバカなのね」
「ちはるさんは、なんで榛名くんを好きなのにそんなコトいうんですか」
っていうか、半分は嫌いなら、半分は好きだったんだろう。タチの悪い人だ。
嘘吐きのようで、大事なところは本当なんだ。
「いいや、Mrs.エマーソンは、元希なんか好きじゃありませんよ」
「嘘つき」
「はあ……まあ、石神井千波瑠衣は、彼に好意的だったけどね。でも私最近はその名前使ってないし。好意の意味も違うし。君ってバカだよね」
ちはるさんは、そんな風に初めて本名を名乗ると、私に何かを放り投げた。
不格好にキャッチしてみれば、それは可愛らしいキーホルダーのついた鍵だった。このキャラクター私も好きなんだよな。また共通点見つけてしまった。最悪だ。
「今日元希が家で一人でいる時間はね、部活終わって家に帰ってから七時半くらいまでね。それ以降には、買い物に行ってる家族が帰ってくるの。元希の部活はまあ、六時には終わるでしょ?」
「それがなんですか」
「電話なんかで逃げないで、直接家に行きなさいよ。上がり込んで待ってなさい。私が許す」
ちはるさんは私を指差し、カッコつけてそう言うと、すぐに背中を向けて走り出した。日射病に気をつけろよ。とか思った。
ああ、そういえば榛名くんの家に上がるのはこれで三度目だ。
開きかけた携帯をポケットにしまい、私はとりあえず病院に行くことにする。万全の状態で、ちゃんと話をしよう。
私は、きっと、まだまだ彼を好きになれるだろうし、そして、もっと彼に好きになってもらえる。
そして以降は自信がないから冗談だけどね。
2011/07/28