許容範囲を定めてくれと


「嫌です」

「おやおや、やっぱり君は後輩としては可愛くないね」

「フるのは兎も角、酷いやり方ってやり方まで指定するのは狡いですよ。それならアナタはミー太に手を出さない上に土下座で彼に謝るべきです」

「なるほど、もっともだ」

「でも土下座なんてしたくないでしょう?」

今の勝負を受けていれば、方法がなんであれ、私は間違いなく負けていただろう。

そういう"場合"もあっていいかも知れないが、それはこの話には必要ない。ミー太に探偵ごっこなんて不毛な真似はさせない。

ミー太は私と幸せになるのだ。

これは、そう。あくまでも私とミー太のお話なのだから。


それに、目の前のこの女に、これ以上付き合う必要も無い。

ミー太の原因はわかったし、ミー太の意味も、ミー太の理由もわかった。

ミー太は今は私が好きで、私もミー太が好きで、この女が入り込む余地は、とっくにないのだから。これから私がミー太を守って、傷付けさせなきゃ良いだけだ。

ミー太は、あの日、ちゃんとこの人を拒絶してくれたのだから。私が不安になるのは、一種の裏切りだ。

「つまり、勝負は受けないってことでいい?」

「ええ、そういうことです」

「そ、つまんないの。でも、うん。元希の趣味。ちょっとは良くなったのかもね。」

そう言い残して、今度こそ彼女は店を出た。

もう一度時計に目をやる。今すぐ店を出れば間に合うかもしれないが、彼女と会話をして、かなり体力を使ってしまった為に、学校まで戻る気力もない。

私は仕方なく席に戻り、何杯目かのジュースを飲み始めた。

ストローでくるくると意味もなくジュースかき混ぜて、気持ちを落ち着ける。

ていうか、チハル・S・エマーソンってどっから出てきた名前なんだろう。あの人最後まで私に本名を名乗らなかったなあ。ミドルネームのSは何のイニシャルなんだろう。サディスティックとか?あ、いや、石神井のSかもしれない。

というか、あの人彼氏いるんだよね。どんな人なんだろう。私の勘で当ててみようじゃないか。多分ミー太より身長が低くて……全然思い付かない。というかミー太を嫌えるあの人がわからない。私もミー太の欠点くらい言えるけど、ミー太って誰よりもかっこいいじゃん。他の誰かと付き合ってる人なんて、私気持ちが全然わかんないもの。というのは冗談だと言い張ります。

「何にせよ、これにて一件落着なのかなー」

なんだか眠たくなってきた。

腕をテーブルに置いて、その上に頭を乗っけて、低い目線でグラスを眺める。引き続きくるくるとストローを回せば、その単調な動きに眠さが倍増。これは危ない。

意識が途切れる直前、誰かが私の前に座った。

ミー太だったらいいなあとか思いながら、私は目を閉じた。ちょっと時間が早いけど、雨だから早めに部活が終わったのかもしれない。


優しく頭を撫でるこの手は、やっぱり間違いなくミー太だ。




目の前に猫がいた。ミー太だ。

あの猫、つまり、初代のミー太は、とにかく可愛くなかった。私に懐かないし。

彼も今のミー太と同じく捨て猫で、今のミー太と違って、初代ミー太は人間不信なところがあったから仕方がないとも思っていたのだけど、それでも文句を言いたくなるくらい、私にだけ懐かなかった。

お母さんがご飯をあげればすり寄るし、お父さんが新聞を読めば邪魔をする。弟がいじり倒しても、遊んであげつつもサラリと上手く受け流すのに、私が近寄ると唸るのだ。

でも。だけど。

私はミー太を嫌いになれなかった。なんでだかは思い出せない。

私にとってミー太はなんだったんだろう。

夢の中で、ミー太が私を咬んだ。それは初めてだった。

「そろそろ起きろっつの」

その声でいきなり現実に引き戻され、私は勢いよくファミレスのテーブルから起き上がる。

私の前には猫じゃないミー太が座っていて、勝手に頼んだらしいご飯を食べていた。

「あ、れ?ミー太?なんで?」

「ちはるが、お前がここにいるってわざわざオレに伝えに来たんだよ。待ってるから行ってやれって」

「ちはるさんが?」

「っと、イミわかんねーよな。つーか、お前アイツになんもされなかったか?」

「大丈夫だけど」

不満が思い切り表面に出てしまっていたらしく、ミー太が首を傾げる。なんかされたなら言えよ?って、その優しさが、その可愛さが、ミー太の隙なんじゃないかと思った。

「私ね、ミー太」

「なに」

「なんでもにゃい」

わざとふざけてごまかして、氷がすっかり溶けて、中身が薄まりまくった上に、結露で水浸しのグラスに口をつける。

私の言おうとしたことは、多分彼女という立場からなら言ってもいい台詞で、でも、私はそれを榛名に押し付けたくなかったのだ。

ミー太なら頷いてくれることがわかってるから。

「なんだよ。言えよ。」

「ミー太が優しいから言えにゃい」

「なんだよ、にゃいって」

ミー太が不服そうに頬杖をついた。

話さないでイラつかれるのは嫌だけど、話して喜ばれたりするのはもっと嫌だ。

「私はね、ミー太が好きだ」

「なんだよいきなり」

「だからミー太にも、私を好きになってほしい」

「は?」

ミー太は、きっと私の嫌なところをわかっているようでわかっていない。

字が汚いとか、そういうんじゃ無くて。私らしく、嫌なところから目を背けてる。

ちはるさんと私を重ねていなくても、私を見れてはいないんだ。

「これから言うことに、頷かないでね。私の気持ちだけわかってくれたらいいから」

「は?イミわか」

「主にちはるさんなんだけど」

「……なんだよ」

「私ね、ミー太に私以外の異性と会話して欲しくないの。だから会話しないで」

「いや、うち女子マネいっから、なんつーか」

「言い訳はいらないから、普通に首、横に振ってよ。じゃあマネージャー以外と喋んないでって言ったら首を縦に振るつもり?」

ミー太が首を横に振る。私はそれに安堵した。

「ならいいの」

最初に言おうとしたのは、ちはるさんと喋らないで。というだけのことだったのだが、それだけなら、ミー太は私の話なんか聞かないで頷いていただろう。

私の嫌な独占欲なんてスルーして、きっと喜んでいた。


私は、前にミー太が言ったように、全部を許してほしいわけじゃないのだ。

私のことを少しは許さないでほしかった。

ファミレスの窓に、台風何号だかによる雨が打ちつけられる。風が先ほどより強くなってきたみたいだ。

「雨凄いね。」

「そうだな」

ただ、こうやって些細なことに同意してくれるだけの方が、私はよっぽど嬉しいから。



2011/06/15
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