- 下手くそな笑顔で渇く
「まあ、好きなもの食べなさいよ。」
駅前のファミリーレストランで、なんで私は彼女にそんなセリフを言われているのだろう。
「警戒すんのはわかるけど、私と君じゃ警戒心なんて意味ないでしょうに」
というか、彼女前回と口調変わってないか?私も安定したキャラクターではないけれど、彼女はもっと不安定な気がする。
「だんまりかよー。どうせ元希の前ではペラペラ喋るんだろー?私を元希だと思え、ってーのは、無茶振りだけど」
「私は今モノローグで忙しいんです」
冗談だけど。意味不明だし。
なのに彼女は楽しそうに、下手くそな笑みを見せた。
私は、美人なのに勿体無い。と、ぼんやりと思う。
「名前、聞いてなかったね。元希の彼女の野村さん」
「あなたの本名もね」
そもそも私がなぜ彼女と一対一でファミレスに来ているのかというと、狭くて浅くて、水溜まりが出来ようもないような事情があった。
回想してまで説明する必要がないような事情。
今日、私が学校から帰ろうとしたら、校門で彼女が先生と話していた。そんな事情。
スルーするか悩んでいたら、彼女から私に話し掛けて来たのだ。
そして校門前じゃミー太が来るので、今に至る。
「私はチハル・S・エマーソンだ。よろしく」
「私は野村です」
「まさか本当に野村が下の名前だとは思わなかったぜ」
「まあ、冗談はそこまでにしておきまして、ご用件は?」
相手から声を掛けてきたということは、相手も私に用事があるということだ。
一般論が彼女に通じるかはわからなかったが、私は一応、常識に当てはめて、そう問いかけた。
「その前に注文しないの?」
「私はドリンクバーと、メニュー全部で結構です」
「すなわちドリンクバーは合計二つということか。なかなか素敵なセンスだな。君、遠慮って知ってる?」
「残念ながら、年上には甘えた方が気に入られると教育されて来ましたので」
話が進まない。いや、私がボケるのも悪いんだけど、普通に話すと負けた気分になると言いますか。
エマーソンさんが店員さんを呼んで、注文を済ます。ドリンクバー二つ。と、それだけ言った。
正しい判断だ。
「でだ。」
「なんですかエマーソンさん」
「いや、ミセスで……Mrs.エマーソンでよろしく」
「ミス、ではなくて?」
「うん。だから、そういうこと。君が私に敵意を向ける意味は無いという意味」
昔の元希のようにちはる姉ちゃんと呼んでくれて構わないくらいだよ。とMrs.エマーソンが頬杖をついて言った。
気怠げだ。
「まあ、結婚はまだしていないが、私には彼氏がいる。元希とはもう関係ない。ただの幼なじみだからさ。」
「そんなことをなんでわざわざ。」
「言っておいた方が良いと思ったし、あなたも訊きたいことあるんでしょ?」
喋り方がコロコロ変わる人だ。
このまま生きていくと、私もこんな風になるんじゃないかと思えて怖くなった。
手遅れだから冗談だけど。
「訊きたいこと、は、」
「無いわけないよねえ?」
「ありますけど。はぐらかさないで答えて貰えるなら訊きます」
「訊く側が条件つけるなんて不思議だね。でも質問も情報のうちか。いいよ、答えてあげる。」
「じゃあ訊きますけどミー太となんで別れたんですか?」
話の早さに動揺し過ぎて痛恨のミス。
ミー太と言ってしまった。なにやら恥ずかしい。
「ミー太、は、元希かな。まあ元希が私をちはるって呼ぶのと同じだよね」
今でも愛されてるみたいに言うな。騙されるから。
「はぐらかさずに言うけど、簡単な話、うまくやれなかったから、だよ」
心臓が大きく脈打った。
知ってる。その考え方を私は知っている。
その考え方を否定した人を私は
「でも、お付き合いに、上手もなにも」
「無いとは思ってないよね。アナタは。言われて嬉しい言葉が真実ではないよ」
「上手にやれないから、別れたんですか?好きじゃなくなったとかそういう」
「だって私元々、元希好きじゃねーもん。今更な言い訳ってのは勿論あるし、あん時はある程度愛してたけど、元希の中に、嫌いな要素が半分はあったね」
好きじゃないのに付き合ったとか、共通点を増やさないで欲しい。
でも私はもうミー太が好きだし、三週間なんてとっくに過ぎているから、大丈夫。何が大丈夫かはわからないけど。
「それとー元希はね、キャラクターじゃなかったんだよね」
「はい?」
「私アニメオタクでさ。で、アニメキャラクターに愛を注ぐ感覚で元希と付き合って、でも、元希は夢小説みたいに、綺麗に私を愛してはくれなかった。だから、まあ、」
「よくわからないんですけど、は?夢……なんですか?」
「わかんなくていいよ。簡単に言えば、幻想を見てたの」
いつだったか、私もミー太に幻想を抱いていると表現したことがあった気がする。
どうしてこの人は、なんで。
「野村ちゃんさ」
「なんですか」
「元希が好きなんだね。」
Mrs.エマーソンが嬉しそうに笑う。
私の反応を面白がっているのかも知れない。
「深い話してあげるから、とりあえずドリンクバー取りに行こうか。こっから先は喉がかわくぜ。好きな人の元カノの話なんて大抵そうだ」
その先を聞く勇気なんてないのに、私は黙って彼女の後へと続いた。
私の喉は、既に干からびる寸前みたいになっていた。
外では、雨が降り出しているのに。
2011/06/15