- 帰り道と優しい背中
アルバムを見せてもらった帰り道。ミー太が送ってくれるというので二人で並んで歩いて帰っていた。ミー太は自分の帰りの為に自転車を押していて、なんというか私達はありがちな青春の一ページを刻んでいる。
途中で、先ほど見せてもらった卒業アルバムにちはるさんの姿がないことをふと疑問に思い、それとなくミー太に訊ねてみたら、ミー太は彼女が二つも年上の先輩なのだということを教えてくれた。ちなみに幼なじみらしい。
「つーか、アイツ何か言ってた?」
「いや、自己紹介したくらいだよ。結局本名わからなかったけど」
「アイツいっつも適当なんだよな。すぐはぐらかすっつーか」
うん。私に似てるね。言わないけど。
「石神井千波瑠衣つーのがアイツの本名な」
「シャクジイチハルイ?なんかすごい名前だね。寿限無寿限無みたい」
というか親のセンスがわからん。どんな気持ちを込めてつけたんだそんな名前。
名字と名前の境目わかりにくいしね。
「本名より派手な偽名を名乗るのが夢とか言ってたな。んで、まあ、チハルイだからちはるって呼んでんだよ。そのーがわかりやすいし」
「なるほど。で、元カノなんだって?」
「あー、まあ、三週間だけな。三週間だけ」
微妙な期間だ。一カ月でもなく、短いわけでもない、そんな期間。
ますます、気になってしまう。
「二つ上って事は大学生?」
「あー、たしかそうだっつってた」
聞きたくないけど訊きたいことがあった。聞いたら間違いなく後悔するであろう答え。
そういえば、これってラブコメなんだよねって別世界の思考が私の脳内に流れ込んでくる。のは冗談だけど。
「石神井さんって、高校はどこだったの?」
「うち。武蔵野第一」
三週間だけ付き合ってって、それは中学生の頃だったよね?
ねえ、ならなんで同じ学校に進学したの。まさか彼女を追ってきたとか、
今まで知る必要のなかった黒い感情が私の頭の中をぐるぐると駆け巡る。何これ、私珍しく普通の女の子出来てる。これなら私は普通のヒロインだ。
でもまあ、それじゃあ、つまらないよね。
「へえ、じゃあ私の先輩でもあるわけか」
「つーか知ってンじゃねえ?生徒会入ってたし」
「キョウミなかったから知らない」
今からキョウミシンシンですけどね。ミー太くん。冗談じゃなく冗談じゃなく。本気でね。あくまでも、本気で。真面目に。あの人に、というか、ミー太に興味津々。あ、それはいつもか。
「というか突然だけど。ミー太はなんで武蔵野に入ったの?」
そのくらいは答えてねマイダーリン。私の昔は話したんだから。
恋愛は駆け引きじゃなく取り引きなんじゃないかな。よくわからない冗談だけど。
「私は、何を隠そう、ミー太に会うために武蔵野に入ったのだよ」
「……嘘つけ」
「で、ミー太はなんで入ったわけ?」
ミー太が足を止めた。歩きながら話すことじゃないということなのだろうか、大きく息を吸って吐いた。所謂深呼吸。
「すっげー、カッコワリー話になっけど」
「話してくれるなら聞く。ていうか話さないって選択肢は無し」
立ちっぱなしは疲れるので、私は道にそって作られている便利な座りにくい椅子。こと、ガードレールに腰を掛ける。というかよりかかる。座ると痛いから。
ミー太も自転車のスタンドを立ててから、ガードレールに軽く寄りかかった。
「卒業アルバムの野球部の写真にオレいなかっただろ。」
覚えてなかったけど、私はとりあえず頷いた。彼女失格という意見は受け入れません。
「オレ、シニア出身なんだよ」
「シニア?ってなんだっけ?」
野球に詳しくなくてごめんなさい。なんか聞いたことあるんだけどな。孝介が、友達はシニア行ってるとか言ってた気がする。あの時詳しく聞いておくべきだった。
「まあ、地域の野球チームっつーか。そんなん」
「へー、で、シニアがなんなの?」
ここからの会話は割愛させて頂くが大まかに言えば、ミー太は中学の時オーバーユースで身体を壊して、治した後もその原因になった監督にほされたらしい。
だから、あんまり監督が熱心じゃない学校を選んだとのこと。他にも色々条件はあったようだが、多分監督の件が一番大きいんじゃないだろうか。それにしても。
ベツに、監督が熱心でも、野球の強い学校なら投手を大切にしそうだし、なんとなく、言い訳とも何か違うんだけど、つまり、榛名くんは自分にも嘘を吐いてる気がする。
というか条件に合う学校の中でもここを選んだのってやっぱり、石神井さんを追って、なんじゃないだろうか。
そうやって、嫌な推測を重ねて、鬱になる、まるで少女漫画のヒロインだ。まあ私の偏見だけど。
「話してくれてありがとね」
「いや、ベツに話すの自体は嫌じゃねーンだけどな」
「でも好き好んで話したい話ではないでしょ」
監督に見捨てられたから、見殺しにする私なのかとも思ったが、それじゃ何か足りない気がする。
やっぱり重要なのは石神井さんの事なのだろう。石神井さんは、多分、もっと酷く惨くミー太を見捨てたのだと思う。
まあ、何にせよ。ムカつくけれど監督にも石神井さんにも感謝しなければ。私は、お陰でミー太の隣に立っている。
「じゃ、まあ、帰ろっか」
歩いて帰る時間が無くなってしまったので、規律破りの二人乗り。ミー太の背中が暖かくて、気持ちいい。もう六月だから、くっつくと暑いハズなのに、ピッタリとくっつくのが心地良かった。
でも不満。私はやっぱりこの背中の意味を知りたい。
この背中も大好きだから。
2011/06/12