- プロローグ
榛名くんは私のことが好きだ。間違いなく。
私に話し掛けるときキョドるし、私のことよく見てるし、そのせいで目が合うし、その度わかりやすく目を逸らすのである。
わかりやす過ぎて笑えるよなあって思うけど、私は自分がそんな彼をどう思っているのかはさっぱりわからないのであった。
しかしとりあえず私は彼を好きではない。これも間違いなく。
「野村、お前ゴールデンウイーク空いてねえ?」
「あいているかもしれないし、あいていないかもしれない」
ゴールデンウイークにも野球部の試合がある。ことくらい知っている。
だが、私は別にそれに行きたいわけではないし、寧ろ面倒だから行きたくないと言っても過言ではない。だから言葉を濁してみた。
今、教室には誰もいない。だからこそ榛名くんは照れずにこんな風に話し掛けて来れたのだろうが、次はつまり移動教室なわけで、こうやって濁してしまえば榛名くんには追及する時間が残されていないので、話はこれで終わる筈だった。
「で、ゴールデンウイークがどうしたの?」
なんでもねえ。って言え、と、頭の中で命令してみる。
榛名くんは空気を読めない子じゃない筈だ。いや、正直よく知らないんだけど。
というか、榛名くんって、多分私を誤解してるよなあ。私みたいな子が好みだとは思えないし。
黒板の上に掛けられたアナログ時計に目をやれば、次の授業まであと三分を切っていた。榛名くんは遅刻する気なのだろうか。
威圧的な彼の視線のせいで席から立ち上がれない。私は遅刻する気なのかもしれない。
「試合があるんだよ」
「ほうほう」
「勝てれば、ゴールデンウイークの最終日にも試合があって、」
うん。追及とか時間とか全く考えてないマイペースな君に乾杯。いや完敗とかけてるんだけどわかるかな?
「その試合に」
来て欲しいの?と聞く前に先手を打たれた。しかもホームラン的な。
「勝ったらオレと付き合え」
だって命令文なのだから頷かないわけにはいかないじゃないの。というのは言い訳で、本人の驚いた顔が面白かったから笑うのを堪えるのに俯いたら、頷いたようにとられてしまった。どうやら人を笑い物にしてはいけないらしい。
というか、榛名くん本人が驚いたってことは、本当はただ単に試合を観に来てほしいって話をするだけの筈だったんだろう。そうじゃなきゃ空いてるか聞く意味がないし。
「じゃ、約束だかンな」
そういえば榛名くんってうちの弟に雰囲気が似ているなあ。とか思った。もしかしたらお姉ちゃんがいるのかもしれない。
なら意外と私と相性がいいかもしれない、とか。まあ冗談だけど、でもね。
チャイムが鳴ってから教室を移動したのに、いつもは滅多に遅れない先生が遅れて来ていて遅刻になることがなかった悪運の強い榛名くんがその試合に負けるとは思えないので、そう思っておいた方が気持ちは楽かもしれなかった。
さて問題はその試合を見に行くかなのだが、誘われたわけではないし、そこはどうしよう。
自分の命運を握っている試合くらい見に行くべきなのだろうけど、先ほど言った通り面倒なのだ。
それについては後ほど脳内協議にかけるとして、まず目先の問題を解決しようじゃないか。
移動教室というのはコンピュータールームへの移動だったのだが、私の目の前にはエクセルという名の不思議かつ独創的で、自分の考えばかりを押し付けてなかなか私には従ってくれない下僕がいる。
彼を家計簿として扱う方法を、私はどうすれば理解出来るのだろう。ご近所さんに目をやれば、皆さんお上手に調教していらっしゃるようで、なんだか既に長年連れ添った夫婦のように阿吽の呼吸で作業をこなしていく彼がそこにはいた。
そんな風に教室を見回して、はたと気づく。
榛名くんがまた私を見ていた。うん。実はとっくに気付いてたけど、目が合ってしまった。
そういえば、好きとは言われてないけど告白はされたわけで、今更だけど照れるなあと思ったりして、ついついわざとらしく目を逸らしてしまう。これじゃまるで恋する乙女だ。
それはさておき、勇気を振り絞ってエクセルに語りかけてみたが、彼の能力に変化はない。『*』とか『/』とか本当に勘弁して欲しいのだけど。まず読み方がわからないし。それは言い過ぎたけど、アスタリスクとスラッシュだったよね。うろ覚えなのはわかっているうちに入らないのかな。ちゃんと覚えるつもりなんてさらさらないのは当然として
私は、榛名くんとちゃんと付き合うつもりも、さらさらないのだろうか。
2011/05/01