- 複雑系幸福論
ちか子は元彼を発見した。回れ右をしたが見つかってしまった。まあ、元彼は前から歩いて来ていたわけだし、当たり前だけど。
日曜日の昼間に外に出るなんて、いつもしないことをしたせいだ。健康的なのは私には不健康なのでありますな。
「ちょっと待てって!逃げるこないでしょ!」
「やあ、まだはくん」
「いや、オレ浜田だし」
浜田良郎。私の元彼であり、元同級生。だったハズが、いつの間にか一学年下になっていたミラクルボーイである。いや、留年しただけなんだけどね。
髪が金色のわりには、真面目で、お付き合いしている間もキスすら出来なかったヘタレというのは冗談で。拒否したのは私だった。
好きじゃなかったわけではない。むしろ大好きだった。愛しても、いた。
キスしたくなかったのは、餃子を食べた後だったからで、押し倒されて蹴飛ばしたのは、あの日の下着がボロかったからだ。
私があまり彼に会いたがらなかったのは、彼に会って緊張したりするのが嫌だったからで、そういう些細なことを言わずにいたら破局した。
完全に私の責任だった。
「久しぶり、浜田くん」
未だに目が合わせられない。付き合う前は目を合わせられてたんだけどな。
友達のままの方が、良かったのかもしれない。
「久しぶり。元気にしてた?家結構近いのに半年くらい会ってないよね」
まくし立てるように話す彼。彼もなんだか調子が狂っているのだろうか。らしくない。
「まあ、元気だよ。」
「そんなら良かった。部活とかはやってないんだっけ?」
「うん、やってない」
浜田くんは、中学時代野球部に入っていた。私は野球をよく知らなかったし、野球部の人は浜田くんと孝介以外嫌いだったから、部活中の浜田くんについてはよくは知らないけれど、肘を故障していても頑張っていたらしい。孝介談。
正直に言ってしまえば、中学時代、私はいじめられっこだった。
野球部は、私をいじめてくる奴らの筆頭で、それでも浜田くんは優しくて、私は彼に迷惑を掛けたくなかったから、学校では極力話し掛けないようにしていて、それから。
いや、それからじゃなく、だから、駄目になった。いろんな意味で限界になって、どちらからともなくお別れすることになった。
「そっかー、オレはさ、イマ、援団やりたいなーとか思ってて」
「エンダン?」
「応援団!西浦、硬式野球部が出来たんだよ。泉も野球部だし、他にも知り合いっぽいヤツがいてさ、今度話してみるつもり」
「楽しそうだね」
本当に楽しそうだった。浜田くんの話し方もそうだが、学校生活そのものが楽しそうで、羨ましかった。
中学時代とは違って、私にも友達がいるけれど、浜田くんの後に彼氏も何回か出来たけれど、とても楽しいけれど、浜田くんの学校生活も、私のとは違う意味で楽しそうだ。
私のは楽しいというか、昔の苦痛と比べて"楽"なだけなのかもしれない。
「野村もなんかやればいいのに」
「んー、まあ、今はいいや。夢中になれそうなもの見つけたから」
「へー、珍しい……ってのは失礼か。なんか、でも、良かったな」
心からそう思ってくれているのがわかって嬉しかった。彼のそういうところ、好きだったんだよなあ。
しかし、好きだった。で良かった。今は好きだけど、そういう好きじゃないということだ。私はちゃんと、彼に対して整理をつけられてる。
「あ、そういえば彼氏出来たとか泉が言ってたけど、もしかして夢中になれることってそれ?」
咄嗟に違うなんて言おうとしてないから、してないから。本当に。
だって違わないし、ミー太だし。ミー太だから。私にはミー太だけでいいことにしたんだから。昨日。
「そうだよ」
「そーかあ、夢中になれそうなら良かった良かった」
心から言われるのが痛いとかそんなことはなくて、目を伏せたりは出来なくて、目は見られないから相手の額の辺りを見て、たのむから、もう、なにもいわないで。
「野村、かなりキレイになったもんなー、別れたのが惜しいくらいだよ、なんてな。」
冗談だけど。と、丁寧に心の中で付け足しておいてあげる。
私に彼氏がいるから言えることなハズだから。浜田くんはきっと、元に戻りたいなんて思っていない。
その、少し間抜けで可愛い笑顔も好きだったんだよなあ。と、だったを強調して、懐かしむ。
昨日の今日なのにミー太に会いたくなった。会いに行きたくても家を知らないなんて悲劇だ。メールしよう、電話しよう、甘えよう、そして今日のことは忘れよう。
「じゃ、ごめん。この後、用事あるから私」
「あ、ごめんな引き止めて。またな」
また、なんて会いたくない。嫌いになったわけじゃないけど、嫌いになったわけじゃないから会いたくない。せめてミー太とちゃんと出来るまでは会えない。でもちゃんとってなんだろう。私には、わからないのだ。それが。
浜田くんと別れて、私はすぐに携帯を取り出し、ミー太にメールした。わがままを言った。
『いますぐあいたいです』
情けないけど。確認したくなった。私、ちゃんとミー太を愛せてるかな。
2011/05/23