困ることすら愛に変えて


一時間歌ったあと、予定通りサンシャインシティなどを巡り、私と彼は高校生らしくファミレスで食事をして帰路についた。

「あのさ、ミー太」

「あ?なんだよ?」

ファミレスから池袋駅の東口までの短い距離。その間も無言になるのが怖くて、私は口を開く。

上手に出来ないのが怖かった。出来るだけ彼の理想と重なりたかった。嫌われるのが怖いのは、ベツに彼を好きだからではないのだけど。

私はただ、ミー太を彼の二の舞にするのが嫌だっただけ。

「私の前に、彼女とかいた?」

「トートツだな」

「ごめん」

「中学ン時はいた」

地雷を踏んだことを雰囲気で察する。こういうのはベツに、普通の恋人でもきっとあるだろうから怖くはないけれど。

私が彼に対して、何か勘違いしていると感じている要因が、そこにある気がした。

彼は、私と違って、明るくて、クラスに友達が沢山いて、屈託がなくて、そんな幻想。幻想だと思っていても、わかっていても、その幻の奥が見えないのだ。見えるところまで、踏み込む術がない。

「そっか」

「オマエは?彼氏いたわけ?」

「いたよ。」

私モテモテだもん。いないわけないじゃん。という強がりのような冗談。いや、本当は冗談じゃないのかもしれないけれど。

何人かには告られた事があるし。そして、もちろん同時進行は無かったけれど、私の彼氏という名称を不幸にも与えられてしまった男は複数人いる。

モテないわけでもなく、お付き合いの経験がないわけでもないのに、私はなんでこうなんだろう。考えてもわかりっこないのはわかっている。のは、私流の冗談です。考えてもわかりっこないことすら、私はわかっていない。

駅前の信号が青に変わった。止まっていた人が動きだしたのに、ミー太が止まったまま動かない。

「ふーん、まあ、オレは、絶対オマエのことソイツより」

幸せにする。って言って欲しかった。耳を塞ぎたかった。喧騒で、続きを掻き消して欲しかった。

「好きだけど」

わからない。榛名くんが私をそこまでして繋ぎ止めたい意味がわからない。その表情の意味がわからない。何をそんなに不安がっているのかがわからない。

「ミー太?」

「なんつーか、いきなり悪い」

「いや、嬉しいから、いいけど」

勝手に自分の口から外出して行ってしまった音。

嬉しいのか私は。困る癖に、後ろめたくてたまらない癖に、喜ぶのか私は。


ミー太が私の手をひいて、駅に向かって歩き出した。照れ隠しなのだろうか。一歩先を歩く彼の顔は見えない。



満員電車で、鮨詰め状態になりながらも、私とミー太は無事に埼玉県へと帰還した。鮨詰めというより押し寿司のようだった。

駅でミー太がご丁寧に家まで送ってくれるというので、私はそれを全力で拒否する。家族に見られるのが嫌というか、もし、万が一孝介にあったらと考えると、恐怖だった。

「オレが送るっつってんだから送らせろ」

「でも、もう暗いし」

「あのな、暗いから送るっつってンだよ」

しかし、辺りがこれだけ暗いことから考えても、待ち合わせしたのは午前中だったから、私とミー太は相当長いこと一緒にいたということになる。

初デートは早めに切り上げるべきなのに、しくじった。サンシャインで服を見過ぎた私が悪いのはわかっているが、しかしあんなに素敵な服ばかりおいている店側が悪い。裁判したら確実に有罪である。言うまでもなく冗談だけど。

「最近は、男の子だってなにされるかわかんない時代だし……」

「なに?それとも家族にオレを見られると不都合なことでもあるわけ?」

「そうじゃなくて!あーもー、そこまでいうならわかったよ。」

まあ、孝介に出くわす可能性なんてかなり低いわけだし、大丈夫だろう。私もミー太も運は良いはずなのだから。

「最初から素直にそう言えっつの。どっちにせよもう改札出ちまったんだから送らねーと電車代勿体ねーだろ」

そういえばそうである。というか、ミー太がこの駅で降りるの当たり前みたいに思っていた。待ち合わせもここだったし。でも、ミー太の最寄り駅は当然だが私とは違うのだ。

というか、それを早く言え。と思ったのは、彼には内緒である。



2011/05/22
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