現場を検証してみました
ポッキーが、パキッと小さな音を発てて折れた。野球部の部室に勝手に入り込んだ彼女は、中のベンチに座って、タバコを吸うかのようにポッキーをくわえながら、オレが着替え終わるのを待っている。
「まずはさ、現場に行くべきだと思うんだよね」
「殺人じゃねーのに現場行く意味なんてあるのかよ」
「現場行くついでに、西中さんの家の人に話聞くの。意味はあるよ」
仕上げにネクタイを締め、ブレザーに腕を通すと、彼女は待ってましたとでもいうようにベンチから飛び降りた。
現場。と彼女は言ったが、オレは西中がどんな自殺をしたのかを知らない。首を吊ったのか、飛び降りたのか、そんなことすら知らないのだ。現場がどこであるかなど知るわけがない。
オレが壁に掛かっている部室の鍵を取ると、彼女、越石は携帯をいじりながら部室の外に出た。彼女の後ろに続いて外に出て、オレは部室の鍵を閉める。
「職員室に鍵返しに行くの?」
「おう」
「じゃあ私駐輪場で待ってる。榛名くん自転車でしょ?」
「ああ、わかった」
チャラチャラと鍵を鳴らしながら、オレは越石の背中を見送り、職員室へと向かった。鍵を放り投げてキャッチしてみたり、わざとらしく伸びをしてみたり、一人になると、なんとなく落ち着かなかった。
職員室の前に差し掛かる。思い出の影が頭を過ぎった。
『あの、やまぐ』
『山口先生ー!宿題持ってきたよー!』
今年の春。ゴールデンウイークの少し前に、彼女は、先生を呼ぼうとしたわりと大きめオレの声を、それ以上に大きな元気一杯の声で打ち消した。
『おやおや?榛名くんも山口先生に用事かな?』
『お、おう』
彼女が、クラスメートなのは知っていた。彼女は新しいクラスで一番煩い女子だったし、目立っていたからだ。だが、相手が自分の名前を知っていたのは予想外で、オレは少しビックリした。
『そっかそっか!ふふふっ!山口先生ー!榛名くんも来てますよー!』
その時は、常にテンションが高めの変な奴だと思っただけだった。最初はそれだけだったのだ。なのに、いつの間にか、
「遅い。榛名くんは職員室行くのにどれだけ時間かけるつもりなの?」
何分立ち尽くしていたのだろう。あからさまにイライラした様子の越石がいつの間にか駐輪場からオレを迎えにきていた。
「あ、わり」
「わり。じゃないよ全く。遅くなったら西中さんちに迷惑じゃないの。そんなこともわからないの?」
「ああ?そんくらいわかるっつの」
「ならなんでこんなとこでぼーっとしてんのよバーカ」
まだ知り合ったばかりだというのに口の悪いやつだと思った。
それから、彼女と共に職員室に鍵を返し、2ケツして彼女の言う通りに道を走る。オレは部活のあとだというのに、人使いの荒いやつである。
しばらく走った後、彼女は小さいが、小綺麗なアパートの前でオレに自転車を止めさせた。
狭くはない、だが広くもないそのアパートの中で、彼女が死んだのであろうということは容易に想像出来た。
娘の死んだ家に住むというのはどんな気持ちなのだろう。
オレがそんな事を考えている間に、彼女はさくさくと行動を進めていく。
越石が呼び鈴を押した数秒後。中から、西中にそっくりな女性が出て来た。どうやら彼女の母親らしい。越石の話し方をみると初対面ではないようだ。西中の母親は、越石の言葉に数回頷くと、彼女を中に招き入れた。
「榛名くん早く!」
そうせかされ、オレは自転車を止めて彼女の元へ急ぐ。
上から目線な彼女にはイライラするが、自分で何も考えずに、ただ動くだけでいい分、楽かもしれないとも思った。
「何つって部屋入れてもらったんだよ」
「貸していた漫画を探したいって言っただけ。ベタでしょ?でもあながち嘘でもないしね」
彼女は、小学生くらいの時から使っていたらしい西中の勉強机の引き出しを躊躇いなく開く。
何を探しているのかは知らないが、オレはその様子を見ていることしか出来ず、好きな子の部屋という空間に立ち尽くしていた。
「遺書ね。机の上にあったんだって。まあ妥当かな。机の中ぐちゃぐちゃみたいだし。私の机よりはマシだけど。榛名くんの鞄並みってとこだね」
お前の机はどうなってるんだ。
「で、なんだよ。自殺ってこの部屋でしたわけ?」
「うん。噂によれば、そこでね」
彼女が指さす先には、今オレ達が入ってきたドアがあった。オレは首を傾げる。
「ドア?」
「ドアノブにね、なんかのコードで輪を作って引っ掛けて、自分の首突っ込んで座るでしょ?そしたらお尻浮くじゃない?それで十分死ねるの。人間って脆いよね」
なるほど。とは思ったが、なんとなく言いたくはなかった。あのドアノブひねって外出なきゃなんねーのか。なんてオレが思っているのをよそに、越石は今度はそのドアノブに近付き、押したり捻ったり引いたりし始める。彼女には神経がないのかと思った。
「まあ、つまり彼女はやっぱり死ぬ気満々だったってことか」
「なんでだよ」
「だって、このドアノブしっかりしてて外れそうに無いし、自殺ごっこしたいだけなら、リスカして心配かける方が楽でしょ。だから、自殺ごっこに失敗して死んだわけじゃないんだよこれは。それに、遺書が見やすいとこにあったでしょ?内容的にも、自殺に失敗した時見られたい物じゃないよね。机の中にいれておけば、万が一死ねなかった……いや、自殺ごっこだったとして、万が一死ねちゃった時にも、机の中くらい調べるだろうし大丈夫じゃん。でもそれが見つけやすいところにあった。つまり、故意に失敗するつもりがなかったってことじゃないかな。まあ、多分だけどね」
自殺する人の心理はわからないけど、西中さんの心理ならまだわかるつもりだよ。と、彼女は付け足して、机の上にあった、三冊の漫画を自分の鞄に押し込んだ。
同時に小さく、パキパキッという音がした。食べかけのポッキーを鞄に入れていたらしく、小さな声で、あーあ。粉々になっちゃった。と彼女は呟く。
「じゃあ行こうか。榛名くん」
手掛かりが掴めたのかはわからないが、これ以上ここにいると切なくて苦しくて死にそうだったので、オレは彼女のその台詞に安堵した。
きっと、彼女だって、早く切り上げたくてはたまらなかったのだろう。ふと彼女の顔に視線をやれば、彼女の瞳は潤んでいて、今にも泣きそうだというくらい表情が歪んでいた。あんな風には思ったが、彼女に神経が無いわけが無いのだ。
漫画の入った鞄を抱きかかえて、西中の家の人に深々とお辞儀をしてお礼を言う越石。オレも同じようにお辞儀をして、二人で西中の家を後にした。
2010/12/31