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「おはよう」

翌日、さや子さんは遅刻して来た。

間違いなく山口先生の授業を狙って来たのだと思う。タイミングはバッチリで、山口先生が教師らしく注意をすると、彼女はへらりと笑って、すみませんー。と軽く謝る。

そして、席に着いたさや子さんは、あっという間に眠りについた。

多分、私はいい加減、ハッキリするべきなのだろう。




「私、着いてったほうがいいの?」

「どこにだよ」

「昼休みー」

休み時間に入ると、さや子さんはすぐに榛名くんの元に向かった。そして、彼の目の前に仁王立ちしてそう話し掛ける。昨日の今日でやりにくいところもあるのだろう。

なんとなくだけれど、二人ともピリピリしている気がした。

「一人で行く、けどどうせお前覗くつもりだろ」

「まあね。気になってることもあるし。邪魔しないから安心して」

そして、さや子さんは、当然のように私を誘うのだ。

「濱村さんも見に来るでしょ?」

西中さんのことだからなのか、榛名くんの為なのかはわからないけれど。少なくとも私を呼ぶのはきっと彼女自身の為じゃない。

「行く、けど」

「そっか。じゃあ、引き続き頼むよ」

何をとは聞かない。つっこむべきところだと分かっていても。いい加減、彼女は、この物語はあるべきところに戻らなければならないのだ。

彼女は放棄したけれど。彼女が放棄したままでいいはずがない。この話は、榛名くんと彼女の為の物語だから。

「ううん。そこは引き受けられない」

「はい?」

「ここからはさや子さんがするべきだよ」

なんて言ったって、私には名前変換がないのである。





暗転。とでも言えばいいのだろうか。

場面転換なんて難しいことを私に求めるのはやめて欲しい。そもそも好きな人に振られて傷心な私に司会進行を任せるとは、カミサマってのはわりと最低な奴だ。

まあ、代わりに榛名をくれるっていうなら、ベツだけどね。

時は昨日の放課後に遡る。

野村さんとのやりとりの後、私を追いかけてきた榛名は、ものの見事に私を振りやがり、でも私は泣けなかった。心が全然私をふってくれていなかったからだ。

だから、とても一途でひたむきで健気な私は、別ルートから愛する人を撲殺してくれようとした犯人を探すことにしたのである。

という訳で向かったのは準レギュラーこと山口先生のところであった。

「せーんせ」

「またお前か」

「またまたー。くることくらい予想してたくせに」

先生は前回と同じく国語準備室にいた。今日は珍しくなにやら資料を見ていたが、仕事中であろうが関係ない。私のこれも仕事のようなものである。

「俺はそんなに万能なキャラではないんだがな。断じて」

「わかってますよ。でもそれくらいはわかってたでしょ。少なくとも私に隠し事をできるとは思っていないはずです」

「……お前、そんなに万能なキャラだったか?」

「榛名の為ならどうにでもなりますよ」

「フられたのにか」

「おい万能キャラ」

またの名をチートキャラとも言う。

なにはともあれ。私はこのやりとりの末、聞きたいこと。つまり、彼が文通で聞いたのであろう、前向きな自殺の理由を聞き出した。

なぜ隠していたかというのは、私が西中さんと榛名のどっちを大切にしているかわからない状態で、彼の印象を悪くするようなことをして、私達の仲を邪魔したく……つまり、私が榛名と仲違いして、先生から榛名に乗り換えないことになると、自分が困るから、であった。最低である。

「ま、そういうわけだ。お前はこれからどうするの?」

「決まってんじゃないですか。榛名のとこ、行きます」

「そうか。いってらっしゃい」



それから、私は榛名の元へ走った。まあ、途中で疲れたから歩きに移行したが、とりあえずは間に合った。

お店のドアを押し開けると、野村さんと目があった。なにやら意味のわからないことを言われたので、適当に返事をし、声を掛けてくる店員に目もくれず、私は榛名のところをやや早足で歩み寄る。

「榛名、行くよ」

今すぐどこかへ行くわけでもなにのに、私はそう言って榛名の右腕をひく。少し強引だったかもしれないが、左腕ではないしゆるしてほしい。

それに、掴んだ右腕は、私のことを拒絶しなかった。

それだけで、救われた気分になる。そして救いたい気持ちになる。

重いものを背負ったり、そういうことは、私がする。もし榛名が、榛名自身がそれを自ら背負いたいと望むなら、それなら私は、彼の意思を尊重し、半分、肩を貸すだけにとどめよう。

どこにだと訊きつつも、何をするためにいくのだとききつつも、嫌だとは言わない。私はそんな榛名が好きだ。私のことを、こんな私のことを信頼してくれる榛名が好きなのだ。

「私、諦めてないから」

女々しくても、カッコ悪くても。それでもほしいものが自分にできてよかったと思った。

諦めやすい、やりたいことのない人間にならなくて、本当に、よかった。





「あのね、コトちゃん」

「なに?」

図書室に向かう途中、そう話しかけてみれば、コトちゃんはそっけなく言った。

「榛名のこと諦めんの? 私に遠慮してんの?」

「それもあるけど、やっぱり優香の好きだった人とは付き合えないって思ったの」

それが後付けの理由なのか、本当の理由なのかはわからないが、有難いと思えないのは事実である。これでは私は榛名に消去法で選ばれてしまう可能性があるじゃないか。

「それなら私も同じじゃない。私だって」

「全然違うよ。さや子さんは自分で榛名くんに話しかけたでしょ」

「屁理屈だね」

「それに、私、榛名くんよりさや子さんのほうが好きだよ」

……?

「えっと……?」

「そのままの意味だけど、おかしいかな?」

「いや、コトちゃん私のこと気持ち悪いとか言うじゃん」

「あれ、知ってたんだ」

「言ってんのかよ!」

落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け

なにこの展開。え、百合エンド?

「あ、そうか。友達としてか」

「そこで止まればいいんだけど」

「可能性あんのかよ!」

「まあ、冗談だけど」

「今日なんかおかしくないですか!?」

ビックリさせられたわ。最高のドッキリだったわ。

「でもね、半分本当」

「どこまでが半分?」

「私ね。皆好きだっただけなんだ。優香のことも、榛名くんのことも、さや子さんのことも、もしかしたら、いつか恋愛対象にみるかもしれないけど、今は違う」

この理由には納得させられた。そういう時期って誰にでもあると思うし。私だって未だにたまにわからなくなる。

人の持ってるものがほしくなるだけなのかな、とか思う。

「とりあえず早く行こう」

「う、うん」

「これが終わったら、私榛名くんをちゃんとフるから、頑張ってね」



そして、そんな会話の末たどり着いた図書室は、まあ、ほぼ壊滅状態だった。

「何よ、これ」





2013/09/23
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