ある先輩のお話


自称神様ってのは厄介なヤツで、死にかけの私のところに来て、なんとかしてほしい? なんて宣うのだ。

もうしょうがないなあ。なんて諦めてたのに、まあ、今日こそは言おうなんて思ってたんだけどね。

それでも車にはねられて、轢き逃げなんてされちゃって、ひと気のない道路でさ。

このまま死んじゃうのか。日が落ちちゃなあ。なんて思って、痛みすら感じなくなった欠陥だらけの身体を仰向けに横たえて、最期にせめて一言、伝えておきたかったなんて、乙女なことを考えてたらさ。

私は、人の願いを一人一つだけ叶えてあげることが出来る。君が死ぬ運命を少しだけ修正してあげるよ。なんてね。

そんな時言われたら、つい縋っちゃうよな。

「死にたくないの。今日こそはって思ってた」

泣きながらそう言ったらさ、身体に痛みが戻ってきた。

と言っても、転んだだけ、みたいな小さな痛みだけど。

「でもね、基本的に、人の死って言うのは運命づけられていて、勝手に変えることは出来ない。君が自殺したなら話は変わってくるんだけど、自殺じゃないでしょ? もう、これは運命が定めた寿命だったわけ。君にあげられるのは、この近くで一昨日亡くなった、君の知らない自殺者の余った寿命だけ。今から十年程度のものだ」

ハタチになったら、君はどうしたって、やっぱり死んでしまうからね。

そう言われたのが、夢ではないことくらいわかっていた。

ということは、そろそろ十九になる私は、あと一年ちょいで死ぬってことだ。

申し訳ないけど、親には悲しんでもらうとして、私を慕ってくれた後輩にも、申し訳ないけど悲しんでもらうとして、一人の後輩は、私の死を待たずに自殺してしまったけれど。私のせいみたいなものだけれど。

幸せなまま死んどきゃ良かったって、実体験をそのまま吐露しただけだったのに、死んじゃったんだけどね。幸せの現状維持の為に。

なんにせよさ。私が何より、誰より悲しんでほしくないのはさ、大嫌いで大好きな、元希にだけなんだよ。

力になってあげたくて、あの日も今度こそ好きだって伝えたくて、まー、一回付き合ったけどさ、結局死んで、彼の心に傷残しちゃうくらいなら、嫌われて嫌われて、それから死のうとか。

だからってそれ以外にいっぱい傷付けてバカみたいなんだけど、本末転倒でさ。

ぶっちゃけ言えば、私が死んだ後に、私じゃない女の子と幸せになる元希にムカついた部分もあって、でも、それも私の望みでさ。

今思えば、私が死んだって、元希はきっとそれを乗り越える強さ持ってたんじゃないかな。自殺した後輩ちゃんも、彼の知り合いだったわけだけど、彼も自殺の原因の一端だったけど、今は元気そうだし。

それなら、彼に吐いた暴言や皮肉は一体なんだったんだろう。

ちゃんと何回でも好きって言えば良かったのにね。バカみたい。


だから思ったんだ。嫌われたっていいし、なんでもいいんだから、この一年は好きにしようって。まあ、きっともう嫌われてるんだけどさ。


まったく、私は意地張ってなにやってるんだろうね。


でもまあ、そもそもあの日だって、結局生き返っても想いを告げることは出来なかったんだ。

そんな私が、一年やそこらで素直になれるわけもなかったわけ。

意地はずっと地続きで続き、途切れるところなんて無くってさ。

気がついたらそう。十九歳のバレンタイン。十年前に私が死にそうになった日。

おかしいんだよね。まだ私十九の筈なのに、朝から頻繁に死にかけるのね。誕生日が三月だから、あと一ヶ月弱はあるはずなんだよね。本当にきっかり十年なんて、話が違うじゃないか。契約内容は紙にでも書いておいてもらうんだったよ、まったくさ。

でもまあ、バカでも気付くよね。ああ、今日私は死ぬんだろうなって。そりゃ、今日こそ素直になろうって、チョコレートは用意してあって、元希の部活帰り狙って会うことは出来ると思うよ? でもさあ、今日死ぬんだよ? 重いじゃん。流石にないよ。告白してすぐ死ぬなんてさ。

結局生き返っても、本当に素直になれたことは、一度もなかったなあ、なんて思って。

私は普通に家に帰ろうと思ったんだけど、親に無様な死に様をさらすのものあ、なんて思っちゃって、川に行けば水難事故で死ねるだろ、なんて軽い気持ちで川に言ったら、それはそれは穏やかでね。

見てて穏やかな気持ちになっちゃって、こんな気持ちで死ねるならいいなあって思ってたのに、うちの両親ったらバカでね。

元希に、私が帰ってこないのを言っちゃったみたいなんだ。

もう十九だよ? 大学生なんだから、こんなん普通じゃん? なのに、今日に限ってそんなことを元希に話しちゃったものだから。

妙に鋭いあの子は、私に会いに来た。

今は、そんな感じ。

「来なくて良かったのに」

「おばさん、昨日お前がチョコレート作ってたのに、帰って来ないから、ふられたんじゃねーかって心配してた」

「ふられてねーよ。渡してないからね」

いつもの調子がここになってわからなくなってしまっている。

いつもの調子をここで保てれば、私の任務は完了なのに。

元希は私の横に座って、深いため息をついた。

呆れてるなあ。一年前なんて、私にイライラしてばかりだったのに、最近、そんな顔しかみてなかったのにね。

「彼女からチョコもらったの? あの子、料理するキャラじゃないから、気になるんだけど」

「たっかそーな既製品だった」

「手を抜くことに手を抜かないねえ、あの子は」

昔はぴったり横に座ってた。でも、最近のことを考えると近いその距離。

そういえば、最近元希の笑顔なんてまったく見てないや。笑った顔も好きなんだけどな。

もったいない人生だったなあ。 人様の寿命使った癖に。

「お前は、なんで渡さなかったわけ?」

「私が渡すと、元希が嫌がるでしょ?」

からかうみたいなセリフ。でも事実は、受け取りたくなんてないでしょ? なんて意味で、この意味が伝わることなんてないだろう。なんて。

嫌がらねーよ。なんて言ってれるだろうか。

真逆の意味で受け取れる私からしたら、嬉しいだろうなあ。

「オマエ、いつも一人だったから、そういう相手がいるってのはこっちも安心するんだけどな」

「スルースキル磨いたか。成長だねえ。なに? そういう相手がいたら、元希に絡まないから安心? でも残念でしたー」

「誰もンなこと言ってねーだろ」

「まあまあ。なんにせよ残念でした。チョコ、アンタに嫌がらせで作っただけだから。たっぷりタバスコ入り。どうせ食べてくれないだろうし、先に言っとくわ。今日は疲れたから、これ以上気力ないし、絡まないでおいてあげるよ」

結局。私は今日もこんなことを言って誤魔化して。チョコも渡さないで。

嫌いって、せめてちゃんと言えたらな。

嫌いだって、それすら私はまともに言えない。

立ち上がり、じゃ、帰るね。と手を振ると、元希も立ち上がり、送る。とだけ言った。

「いや、いいよ。ちょっと寄るところあるし」

そう言って榛名と別れた直後普通に轢かれた。なんのドラマもなかった。今度の人は申し訳なくなるくらいいい人で、轢いたあと慌てて車からとびだしてきて、すぐに救急車を呼んでくれたけど、私は長くないだろうな。と思った。

頭を強く打ったし。手足の感覚がない。どうやら急にブレーキが効かなくなった上に、アクセルがおかしくなったようで、私なんかのせいで申し訳ないなって。

こんなにいい人なのに。

私が無理に寿命なんか増やしたせいで。

結局私は後悔ばっかりで死ぬのか。





「うん。でもさ、彼ががいい人で良かったね」





意識が途切れる前に聞こえた、あの自称神様のセリフの意味なんて、私にはわからなかった。

ただ、それなのに私は目を開けられた。またもや、五体満足で。






何が起きたのかって、そりゃ、まあ、私が自分の為に使ったお願いごとを、その男は私の為に使ったということらしかった。

「今回は十年やそこらじゃ死なないよ。なんたって君の殺した西中さんの寿命だからね。普通に幸せに歳をとれると思ってくれて構わない」

まあ、彼女の死なない、どこかの世界の君は、普通に死ぬしかないのかもしれないってことだけれどね。

ひとりぼっちのハズの病室で、自称神様がそんなことを言うものだから、私はどこかの世界の私なんて関係なしに、元希に会いたくなったりして。

でも、こうなってくると、元希のことは好きだけれど、でも付き合いたいとかそういうわけじゃないってことも、なんとなく理解できて。ああ、私は本当に、本当は彼が大事で、泣いてる顔なんて死んだって本当なら見たくなかったんだなって思ったりして。

「やっぱ、送るべきだったじゃねーか。このバカ」

そう言ってまず最初に、家族より先に病室に現れたおバカさんの、泣きそうな酷い顔に、こっちが泣けてきちゃって。

「ごめんね、元希。私ね」

だからこそ、人の寿命使って生きるしかない死神みたいな女は、こう言うしかなかったのである。

「あんたに泣かれるのが、一番好きなんだよね」

泣かないでって。きっと私はいつまでたったって、素直に言えやしないんだよね。





2013/09/23
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