腹を割って話してみました


翌日の昼休み。彼女はなぜか榛名くんじゃなく私を連れて、例を伏線を張った人間の元へと足を運んだ。

「国語準備室?」

「おう。ホシはこの中で昼寝している」

「いつからその人犯人になったの」

国語準備室のドアを押しあけると、中で、誰かが床で本を枕にして眠っていた。山口先生だ。彼は私達の現国の授業を担当している先生で、確か優香と越石さんが所属していた文芸部の顧問の先生だったはずだ。

「ダーリン起きて」

「うるさいだまれ」

「もーヤンデレーな学年主席がきてんのに」

山口先生はなぜかそれをきくと、面倒そうに身体を起こした。

そして伸びをしながら大きな欠伸をし、なんのよ用だ。と、越石さんに不機嫌そうに尋ねる。

というか、私は今なんて紹介されたのだろう。よく聞きとれなかったのだが。

「冬休みの前、私が先生に愛の告白をしたとき、なんか言いかけてましたよね」

「言いかけてない。お休み」

「いいえ。二章の五話で、あなたはなにか言いかけました」

だからやめようって。そういうのは。

「何行目だ。言ってみろ」

先生までのるし。

「数えんの面倒です」

「ふ。じゃあ証拠にならんな」

「じゃあもうこの辺に五話へのリンク貼りましょうか? web小説ならアリですよ」

「いや、ほんとそれは勘弁して下さい」

という、私には理解しがたいやり取りの末、先生が折れた。

国語準備室の鍵をかけるよう私達に指示を下し、私が鍵をかけると、山口先生は、それについて話し出す。

ちなみに話を聞かせてもらう側の人間だというのに、越石さんは鍵をかけろと言われても一歩も動かなかった。

一歩踏み出すべきなのは榛名くんじゃなく、私でもなく、あなたじゃないだろうか。と、思った。

「これは文通での話じゃなく、アイツが部活の時話してた話なんだが」

「ああ、私が辞めた後ですか」

「ああ、お前が辞めた後です」

二人のノリについて行けない。優香はどんな人でも会話が成り立つ人だったから、この二人とも軽く会話出来たんだろうな。

だからこそ、口下手な私より、越石さんの方が優香と楽しく話をしている気がして、私は彼女に、消えてしまえばいいのに。なんてことを思ってしまったのだけど。

「俺はアイツと自殺する人間の心理を話した」

「これまたどんぴしゃですな」

「お前が、自殺する人間ありえねーとか言ってたって話からそうなった」

「あらあら、そうだったんですねえ」

「で、まあ、断片的にしか覚えてないが」

「断片的かよ使えねーな。ボケはじめてんじゃねーの」

「わかった断片的にでも話すのやめよう」

「ごめんなさい」

この二人はもしかして真面目に会話するのが苦手なんだろうか。

山口先生、授業ではもっとまともなのに。少し意外だ。

「アイツは、何かが嫌で死ぬ意味はわからないと言っていた」

「はい?それ以外でむしろ死ぬ意味あります?」

「わからんが、逃避というのは、ネガティブだから、自分が自殺するなら、前向きに死にたいらしい」

「それがつまり、私が遠慮しないようにって?なんかあんまり前向きじゃないような。だって直接言えば済むじゃないですか」

「つまりな、他にも理由があるってことだ。多分な」

その詳しい理由は、知らんがな。

そう言って、たちあがった先生は、私達の間を抜けて、ドアのところまで歩く。

「お前が次は何に首を突っ込もうとしているのかはわからんが」

山口先生が、ドアノブに手をかける。

「先生として、これだけは言わせてもらう、お前ら、け」

「先生。ドア鍵かかってますけど」

「なあ、お前本当に可愛くない生徒だよな」

「いや、だって勢いで頭打ちそうだったから。で?先生としての一言をどぞ!」

「いや、もう良い。濱村も大変だなー榛名の代わりに付き合わされてんのかコイツに」

「え、あ、いや。そんなことないです」

「ちなみに俺はヤンデレ、好きだぞ」

「はい?」

急に話をふられて驚いていると、続けざまにわけのわからないことを言われた。山口先生ってわからないな。と、思う。

先生は私のかけた鍵をその手ではずすと、ドアを押しあけようとして、ドアに体当たりした。

「先生。この部屋は押してもドア開きません」

「お前、わかってて何も言わなかったな」

「まさか。全く、私達も先生が言うとおり怪我に気をつけますから、先生も気を付けてくださいね」

越石さんは上機嫌でそういうと、逆にとても不機嫌そうに部屋の外に出た先生の後を追って外に出た。

そして私もその後へと続く。

「先生、授業とはキャラ違うでしょー」

「ああ、そうだね」

「あれね、あの人の技なんだよ。基本的にあの人は人づきあい苦手だから、委員会とか部活の子と仲良くするために、ああいうの授業だと隠してんの」

「どういうこと?」

「とっつきにくそうだと思ってた人が裏でああなら、仲良くやれそうでしょ?授業であれなら、受け狙いだと思ってどん引きするだけだし」

「ああ、なるほど」

「私ねーあの人のああいうとこ。好きだったんだよね」

さらりととんでもないことを言いながら、越石さんはなんでも無いような顔をして、教室に向かう。

「私ね、榛名のこういうとこ、好きなんだよって、ずっと隣で言ってたいんだ」

私の足が、つい、止まる。彼女は何時だったかの榛名くんみたいには待ってくれない。

「過去形にしたくないの」

急いで早足で追いかける。私は、彼女がなぜそんな事を私に言うのかわからない。

でも、彼女が、わざと速度を落として、私に並んで、私の耳元で囁いたセリフを聞いて、すべてを理解した。

「知ってる?榛名はね」

――――陰でこうやって想われるのに弱いんだよ

にんまりと笑った彼女の顔。

なるほど、榛名くん、どこかで聞いているのか。

じゃあ私も何か言うべきなのだろうか。彼に聞かせるために。

きっと、彼女は、私が何か言うことを期待して、わざわざそれを教えてくれたのに。

私には言えることが無い。

「……まだ無理かー」

「越石さんは、私と榛名くんをどうしたいの」

「私は、榛名にまず幸せになって欲しいな。出来たら私と。だから二番が私、で、次に濱村さんに幸せになって欲しい」

「じゃあなんで」

「私はきっと、榛名が幸せなら幸せだから。でも、濱村さんが今のまま榛名と付き合ったって、誰も幸せにはならないと思うんだよね。とか、いいことを言っていい感じのヒロインを演じてみている」

「私は真面目に話してるのに」

「私だって真面目ですよ。ねえ、コトちゃん」

懐かしい響きだ。優香は私をそう呼んでいた。

「私、ことごとくコトちゃんと趣味が合わなかったから、ちょっと嬉しかったりするんだ。てか、榛名のことで、私に気を使ってくれんのも嬉しい。私の事嫌いだと思ってたから」

「嫌いじゃない。羨ましかっただけ」

「あの日も笑ってくれたのが嬉しかったし、榛名と秋丸くんのやりとりで笑ってたのも、嬉しかったな。でも最近笑わないじゃない?なんでかなとか思う」

「それは」

「書いてる人が、コトちゃんの性格を途中まで把握できてなかったせいかとも思った」

時折こういうネタ使わないと気が済まないのかな。彼女は。

私があの日、笑ったのは、確かに楽しかったからだった。ちょっと無理をしたけど。でも。彼女と初めて一対一で話してみて楽しかった。

榛名くん達と話すのも楽しくて。でも。

ここに優香がいたらもっとって思うと、私はだんだん笑えなくなった。

「さや子さん」

勇気を振り絞って、名前で呼んでみた。

私が笑えなくなったのは。優香だけが好きで、彼女や榛名くんを見ようとしなかった自分が嫌だったからだ。そんな自分が笑うのが許せなかった。

「なに?コトちゃん」

「ありがとう」

だからこそ、ここから私が綴るのは、榛名くんやさや子さんにはとてもとても申し訳ないけれど、私が笑うための、私が身を引くための物語。

きっと私はあまり喋れないけれど。ここでならこうやってゆっくり自分の気持ちを吐き出せるから。ここで私の気持ちを語って行こうと思う。

私は、榛名くんのことは、きっと優香みたいに好きだった。さや子さんも、同じ。

恋なんて、しばらくしていなかったから、忘れていたけれど。

私のこれは、恋じゃない。



2012/10/19
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