新たな事件の幕開けでした


バレンタインの前日。オレは部活が終わった後に、濱村に呼び出された。

「明日朝練ないから、間違ってくるなよ」

「わーってるっつの!なんかの業者が来るから、トラックがグラウンドに入んだろ。夜にしろよなーそういうの」

「世の中は榛名中心に回ってないってこと」

秋丸とそんな事を話して、校門付近に近付いたところで、オレは好きな異性に後ろから呼び止められた。秋丸は、なぜか全てを察したとでもいうように、先帰るからね。とだけ言って、オレを置いて学校の敷地内から姿を消した。

「あのね榛名くん。明日勢いで言うの嫌だったから、先に言っておこうと思って」

「何を」

わかってる癖にそう聞いた自分。頭の隅に浮かんだのは、さや子の顔だった。

「私は男の子は苦手だけど。榛名くんなら大丈夫だよ。つまり榛名くんのことが結構好き」

「オレも、なんつーか」

「待って。答えは明日にしよう」

「なんでだよ」

オマエが告ってきた癖に。と、思いながらも、安心した。ちらつく顔を消す前に、その答えを出すことが出来るわけがないのだ。そんなことをしていいわけがない。

いつだったか、アイツとオレが口論したときに、仲直りを命令した時と同じ、意見を曲げることがなさそうなその目。

オレは黙って頷く。

「ちゃんと考えてあげて。あの子がこの期に及んでバカなら、考えなくてもいいけど」

多分。いつだかのように、自分の欲で誰かが死ぬのが嫌なのだろう。オレもアイツもそんなことをするタイプではないけれど。西中だって自殺をするようなタイプではなかった。寧ろ、他殺をするようなタイプでもなかったから、濱村は自分の軽い嘘によって起きた結果をまっすぐ受け止められずに、ああなったのだと思う。

「じゃあ、また明日」

「おう。明日な」

そう言って、一緒には帰らず、校門の前で別れ、チャリを漕ぎながら、明日の事について考える。

もし、アイツがチョコレートを用意していたなら。例え告白されなくても、多分何かが一瞬リセットされるだろう。濱村への気持ちも。アイツに対する気まずさも。それならそこから考えればいい。アイツが告って来たら、リセットされた状態でその時考えればいいし。濱村にも明日、その時きちんと考えて、勢いじゃなく答えをだせるだろう。

アイツが何もしないバカを貫くなら、オレは好きな子と素直に付き合う。

この二つのパターンを考えておけば、問題はないはずで。一部、その時のノリまかせな部分もあったが、そこはアイツの態度にもよると思われるので、考えるのをやめた。なのでオレは翌日に備え、ゆっくり眠ることが出来た。

で、朝練がないことを忘れて今に至る。



「榛名、私ね。榛名に言いたいことがあったの」

彼女がそこで、大きく深呼吸をした。続く言葉は予想できた。

「いやーなんか私。榛名が好きらしくってね」

「いや、間抜けな告白にも程があんだろ」

でもまあ、よし。あとはチョコを貰えば、昨日の予想通り。

この告白ならどうしたものか。すげー卑怯だけど、濱村にもこいつにも、ホワイトデーにお返しするときに答えをやればいい。いや、濱村にチョコもらう時に、よっぽどアレなら、その場でオッケー出すけどな。

なんて思ったオレは。きっと死ぬほどバカだった。

「うるさい。とにかく。そんなことだから、榛名が濱村さんと付き合ったら嫌」

「……珍しくスナオじゃねーか」

「まあね。じゃ、そういうことだから」

まてまてまてまて。重要なイベントを思いっきりスルーしてる人がここにいるんだが、オレはどうすればいい。

「いや、オマエ」

「なに?」

「チョコとかねーのかよ。オマエにとって今日はなんだ。煮干しの日か」

「なに? 煮干の日流行ってんの? いや。バレンタインだから告ったんだけど」

「なら、渡すべき何かがあんだろーが」

「チョコ食べて、私の気持ちまで消化されたら困るもの。せいぜい悩みなさいよ」

そうだコイツはいつも予想の斜め上を行く女だった。下手に色々考えていたせいで、予想外な出来事に対応が出来ない。告白してチョコ渡さねーって。それなら告白を今日する必要無いだろ。

「あ。もちろん返事は今日じゃなくて良いから。」

誰もそんな言葉が聞きてーンじゃねーよ。

そういや、出会った当初は、コイツは途方もないオレサマ、というか女王様だった気がする。最近は大人しくしていたから油断していたが、コイツは初っ端から、人を足代わりにするわ、弁当を勝手に食うわ、嘘ばっか吐くわ、大変だったのだ。

だが、思い出した。オレは、そんなコイツとのイベントのおかげで、こうやってまた恋愛をすることができている。

コイツのわがままを聞くわけではないが、少しの間ぐらい優柔不断になってやろうじゃないか。

「ったく。なんつーかオマエは予想以上にバカだった。」

「何その酷い評価」

「オマエがバカなら、濱村と付き合うことになってたんだけどな。ここまでバカじゃ、話はベツっつーか」

「なに?そんな理由で濱村さんフってくれるの?」

「保留にするだけだっつの!」

その選択肢が誰かを傷つけるかもしれないなんて、ンなこと知るか。オレはもう少しコイツと遊んでいたいのだ。

それこそ。探偵ごっこなんかして。



そして放課後。チョコを渡された時、濱村にその話をしたら爆笑された。

思い起こせば、アイツが一番最初にコイツの事を笑わしてやっていたんだっけか。あの精神状態の濱村を笑わせるなんて、よくよく考えればかなり難しいことだったに違いない。

アイツは意外と頭脳派なのだろうか。となるとこれもアイツの思惑通りなのかもしれない。嫌な気がしないというのは大問題だが、オレの前には今、新たな問題が発生。



うちのマンションのエントランスに血痕があった。エントランスの床から、駐車場に向けて続く真新しいそれ。普段なら、こんな危ない匂いのするものはスルー出来ていたのに。

アイツと出会ってから、ずいぶんと好奇心が旺盛になってしまったようで、警戒しながらもついついそれを辿ってしまう。

そして、薄暗い車の陰で、いきなり途切れた血痕に首を傾げたところで、少し前と同じような展開。

後ろで、何かが空を切る音がした。



知ってるか。鉄パイプって武器に見えても武器じゃないんだぜ。



2012/07/08
これで三章完結です。榛名が優柔不断です。みません
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