遊ぶ約束をしました


新学期だ。結局昨日は後半爆睡してしまい、課題を最後まで終わらせることが出来なかったが、濱村が言うには課題の提出は、その教科の新学期最初の授業のときだということなので、昨日はオレが起きたところで解散する運びとなった。


そして翌日。オレが学校に登校すると、珍しくさや子が先に教室にいた。逆に珍しく濱村がおらず、オレは首を傾げる。

「濱村さんは委員会だよ。あの子生徒会だから、始業式の準備」

ふいに、さや子にそう声をかけられた。

存在を意識はしていたはずなのに、なぜか凄く驚いた。オレは、一体何にそんなに気を取られていたのだろう。

「アイツ、女バスの部長じゃなかったか?」

「うん。もう完璧だよね。ラノベのキャラクターみたい。欠点とか、苦手なものとかあるのかなって思うよ」

「は」

「なに?」

「あー、あるんじゃねーの?人間なんだし」

オレの態度に、さや子は怪訝な表情を浮かべつつも、それを強引に無視するかのようにため息を吐いて、話題を変えた。

一方、思い切り動揺してしまったオレは、その話題の転換に追いつけず、適当な返事をすることしかできない。

濱村はベツに嘘を吐かないヤツではない。そのせいでオレとこいつは、秋にかなりの迷惑を被ったわけで、と、いや、迷惑は自ら進んでかけられただけだが、濱村は嘘で人を一人殺している。だから、目の前のオレのシンユウが、アイツの男嫌いを知らないということは、あれが嘘であった可能性もあるハズなのだが、なんとなくオレにはあれが嘘だったとは思えず、それで困惑していた。

なんで、オレに言ったのだろうと、思った。

気付かれたから言っただけだったのかもしれないが、その特別扱いは、"反則"だ。

「ていうかさ」

「ああ?」

「やっぱさがしてたの濱村さんだったんだ?」

そういえば、コイツはオレが訊くよりも先に答えを出していた気がする。

というか、なんだオレは。濱村を探していたのか。なんで

「昨日課題手伝ってもらったならお礼しなくちゃだもんね」

「お、おう」

思いつけなかったその解答を提示され、オレは少し安心した。そうだ。オレは、お礼を言って、あわよくばまた勉強を教えてもらおうと思っただけなのだ。深い意味はなく、浅い下心があっただけ。

「勉強教えてもらっといて爆睡だし、もっかい謝るべきでもあるよね」

「つーか、どこまで聞いたんだよ」

「爆睡したことしかきいてないよ。なに?他にもなんかやらかしたわけ?」

「なんでオマエはそう……」

親友だからだよ。と、彼女は言った。よくわからない理屈だったが、妙に納得してしまった。

親友でもなければ、確かにコイツはこんな言い方しないのだ。秋丸や、山本にこんな口のきき方をしているのは見たことが無い。

「で、まあ、親友なんだからさ、」

「なんだよ」

「大切なこと、隠さないでね」

隠し事なんてないはずなのに、ドキリとした自分はなんなのだろう。

先生が教室に入って来たことによって、その大切そうで、触れて欲しく無い話題はなかったことのようにされたが、後ろめたい気持ちはそのまま残る。

オレは、自分の秘密に気付けないままだ。



放課後。新学期早々部活をして、オレは帰路についた。

マネージャーがいないせいか、我が野球部部室は年末に大掃除をしたばかりの筈なのに相当ちらかっていて、あの着替え難さはどうにかならないものかと、寒空の下、マフラーに顔を埋めて思案する。

「あれ?榛名くん。秋丸くんは?」

校門をでるかでないかその微妙なタイミング。その不意打ちに吃驚してオレは勢いよく振りかえった。顔を見てみれば、その勢いに声をかけた本人も驚いたらしく、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。

「あ、ごめん、私に後ろから声掛けられんのは嫌だよね」

「バッ、フツーに驚いただけだっつの!オマエはなんでそんなネガティブなんだよ!」

「だって榛名くんは私を警戒してるじゃない」

「もうしてねーよ」

「それならいいけど、ねえ、秋丸くんは?」

なんでそんなに秋丸ンこと気にするんだよ。そんなことを思った。

男が苦手だというのは、やはり嘘だったのだろうか。

「秋丸は、帰りスーパーで買い物すっから先行った」

「ふうん。だから榛名くん一人なんだね」

「まーな」

会話が途切れた。昨日は勉強という目的があったため気まずい事はなかったが、今日は特に話題も用も無いわけで。

課題に関しては、とりあえずで他のクラスメートにきいてしまったし、何を話せばいいのかオレにはとんと見当がつかない。

「そうだ榛名くん、部活で新年会とかやった?」

予想していなかった話題の提供に、オレの頭はついて行けず、そのセリフを理解するのに数秒を要した。オレは「は?」と。とりあえず返事をし、そのセリフを頭の中で反芻する。

新年会がどうしたって?

「か、るくはしたな。公園で」

「はい?ファミレスとかじゃなくて?」

「ファミレスいっぱいだったんだよ」

「だからって公園でなにするの?」

「コンビニで色々買って、テキト―に騒いで解散した。つか女バスは?」

「ファミレスでやったよ。ちゃんとパーティー用のセット予約して」

流石は生徒会委員だと思った。学年主席は伊達じゃないらしい。

その濱村が信号待ちで立ち止まったので、オレもそれに倣い立ち止まる。

今気付いたが、ここまでオレにくっついて歩いて来たということは、彼女の、濱村の家もこっちの方なのだろうか。

「でも楽しそうだなあ、公園」

「は?」

「でも女の子は嫌がるだろうし、男の子は私が嫌だし、わがままなのはわかってるんだけど。あー」

信号の色が青に変わる。

セリフの続きは、聞きたくなかったオレのせいか、言いたくなかった彼女のせいか、紡がれることはなく、それでも言いたかったことは痛いほど伝わって来た。

西中は、公園で新年会だって、きっとしてくれた。

「するか、公園で」

横断歩道の真ん中あたりでオレが言うと、濱村が立ち止った。

「え?」

「新年会。すっげーさみーけど」

「あ、でも、寒いなら、いやならいいよ。申し訳ないし」

「ここで立ち止まられる方がさみーけど」

ハッとして濱村が歩き出す。寒さのせいか、顔が赤かった。

「嫌なんじゃねーよ。オレは大丈夫だけど、オマエは平気なのかっつってんの」

「それは、平気」

「じゃあメンバーどうするよ?さや子と、あと、オマエ秋丸も平気なわけ?」

「平気かな。なんかあの人草食系だし」

「オレ女子の知り合いいねーし、じゃ、明日このメンバーでやるか」

「明日!?」

「明日なんか用事あるわけ?」

「いや、ないけど、急じゃない?」

なるほど。これが野球部と女バスの違いか。だから彼女らは公園で新年会をする羽目にならないのだろう。

だとしたらさや子は野球部派だ。アイツはアポなしでの突撃が多い。いや、西中宅は先に連絡していたんだったか。

「越石さんも来れるかわかんないし」

「じゃあ、今週の土曜にすっか。」

「いや、予定聞いてから決めた方が」

「それじゃ一月終わンだろ。これねーヤツはこれなくてもまた今度遊べばいいんだよ」

「でもせめて」

「じゃあ今電話で訊く」



結果。秋丸は明日だろうが土曜だろうが大丈夫だったが、さや子はどちらにせよ駄目らしかった。山本がどうとか言っていたが、オレはなんとなくムカついて最後まで聞かずに電話を切ってしまった。

「アイツ、一月中は無理だって」

「そう。バイト忙しいのかな」

「バイトやら、山本やらで忙しいんじゃねーの?」

我ながら意味不明である。しかし濱村はそれをあっさりとスルーした。

「じゃあ、できないね。公園で新年会」

「は?やるっつってんだろ」

「え?いつ?」

「あーじゃあ、土曜。平日より部活終わンのはやいだろ」

多分ここで帰り道がわかれるのだろう。Y字路で濱村が足を止める。

「越石さんは?」

「無理なら仕方ねーだろ」

「でも」

「男が多いのが嫌なら秋丸は呼ばねーで二人でやりゃいいだろ」

「そうじゃなくてね、だから」

「何が嫌なんだよ、オマエは」

「わからないけど、ていうか、あのさ、榛名くんは嫌じゃない?私、榛名くんを殺そうとしたことあるのに」

それを気にしないさや子を彼女は気持ち悪いと称していた。

オレが普通だと、そう言っていた。

では、今のオレは普通ではないのだろうか。いや、そんなことはない。そんなことは、問題ですらない。

「それはオマエ、謝ってくれたろ」

「でも、あれは私の自己満足だった。許されていいことじゃない」

「お前が満足できたなら、オレはもう気にしねーっつってんだよ」

自己満足で謝ったことくらい、オレにだって何度もある。それで許されてしまうことが一番辛いのも知っていた。許されない方がいいに決まってる。それでもオレが濱村を許したのは、それを背負った彼女と対等な友達になりたいからだ。

「そうでもなきゃ、新年会なんかさそわねーよ」

「……そっか」

「土曜、遅くなるってちゃんと親に言っとけよ」

「うん。わかった」
「じゃ、また明日な」

背中を向けて歩き出した彼女を、しばらくそのまま見送った。

付け足して、もうひとつ正直に言ってしまえば、オレにはいまいち濱村が西中を死なせたという実感がない。あの瞬間のオレへの殺意は本物だったのかもしれないが、西中が死んだことに関しては他にもなにか原因がある気がした。

だから、実際に傷すら付けられていないオレには、彼女を恨む理由も憎む理由もない。

「親友だっつーなら、こういう時話しきけっつの」

聞かせる相手のいない呟きが、夜の静寂に飲み込まれていく。

コートのポケットに両手を突っ込み、寒さに口元をマフラーで覆えば、白い吐息と、続けようとした独り言が一緒にその中に消えていく。

自分の中で何かが変わっていく気がした。



2011/06/30
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