課題を無視しました
(課題かあ。私もやってなかったんだけどなあ)
やるつもりはほとんど、否、全くなかったわけだが、せっかく榛名が誘ってくれたというのに、断ることになってしまったのは少し残念だった。
でもまあ、仕方がない。情報提供してくれた山本くんに恩返ししておくのは大切なことだし、図書委員の仕事である、長期期間中の本の整理に参加するのは、図書委員を担当している山口先生に対しての最高の嫌がらせになるわけで、私は今日だけは榛名優先にするわけにはいかなかったのだ。いや、これまで一度たりとも榛名を優先したことなんてないが。
「山本くん。この本はどうするの?」
「それ古くていらないやつだから、持って帰っていいよ」
「いや、いらないけど」
ありがちな物語なら、この本を持って帰って、それをきっかけにラブストーリーが展開していったりするわけだが、残念ながら本のネタは前回やってしまったので、今回その方向に進むことはないだろう。
動きっぱなしで疲れてきたので、私は、その山積みになっているいらない本達を放置して、夕日の射し込む窓辺で、激しくかっこつけながら本を読んでいる(サボっている)山口先生に話しかけるてみることにした。
そういえば、あれ以外授業でも顔を合わせていないのだ。テスト返却日に学校をサボったから。
「山口先生、なにやってんですか。」
「あー、なんだ。この話は一々脇役のキャラクターを掘り下げすぎだ。モブであるキャラクターはモブらしくさせるべきだ。」
「あなたが言っちゃいますか。じゃあもう喋らないで下さいね」
口調も安定しないモブキャラが全くよく言うものだ。アンタはまだ準レギュラーにすらなれていないんだぞ。そう思った。
「言ってる意味が全くもってわからんな」
「このサイトで人気キャラ投票やったらあなたは間違いなく最下位ですよ」
「そんなことはない。出しゃばる女性キャラのほうが人気が無いものだ」
「誰のことですか」
「お前にきまってるだろう」
「私はヒロインです!」
「夢小説のヒロインたるもの、感情移入しやすいことが大切だ。だがお前はどうだ?」
「最近は私みたいな中二病ヒロインが人気なんです」
「俺はヤンデレ派だがな」
「誰のことだ」
「濱村だ」
「あんたはその事実は知らないはずだから!」
と、まあ、世界観や物語を崩壊させかねない会話はいったんやめて、私は普通に山口先生と会話することにした。
なんてことはない。課題についての話である。
「そうだ私、現国の課題やりませんからね」
「やってません宣言ならまだ許すが、やりません宣言は困るからやめてくれ」
「山本くんもやってないとか」
「いやな生徒ばかりだ」
「やって欲しかったら答えを教えてください」
「嘘だ。」
「嘘ですけど、そこは駄目だって言いましょうよ。仮にも教師失格なんですから」
「おい、既に失格してるのはどういうことだ」
「おっと、本音が……いや、ほら失格じゃないですか?生徒に恋してたらアウトでしょ」
「何が目的だ。」
「私と山本くんに晩御飯を奢ってください」
「課題やってから言え」
「教師失格のだす課題は課題とは言わない。」
「俺はお前が嫌いだ」
「先生ったら酷いですよ。私はこんなに先生が好きなのに」
酷いキャラ崩壊である。
「と、言うわけで焼き肉だー!」
「いえーい!俺の奢りだー!」
先生のテンションがやけに高かった。
私はと言えば、言いだしておいてテンションがあげきれない。西中さんや榛名なんかがいたらまた違ったのかもしれないが、死んだ人や、課題と戦っている人の事を想っても仕方がないし、焼き肉を食べてなんとかテンションを上げることにしよう。
「あーあ。でも焼き肉すんならやっぱ美沙子よんどきゃよかったわー」
「誰?」
「かのじょー。」
「へえ、彼女。いるんだ」
「ほら、クラスの川内だよ。下の名前知んねえだろ、越石さんそういうの疎そうだし」
「え?上の名前もわからんけど」
「最悪な女だな」
新キャラが出てきて自分の存在が危うくなりつつあるというのに、先生は気にせず黙々とメニューの肉を吟味している。特に値段のあたりを。
「よし。決めたぞ。このおすすめとか書いてある三人前にしよう」
「はいはい。」
「飲み物は俺ビール。お前らはウーロンな」
「茶かハイかによってオレの中の先生への評価が著しく変化します」
「茶にきまってるだろ」
「もしかして、値段の問題ですか」
「……まさか」
その間はなんだ。
そう思ったけれど、口には出さなかった。先生の評価を落としたくなかったのである。
「でさ、ミサが言うんだよ。オレはいつもそうだって。でもな、いつもはこっちのセリフで、ミサだっていつも」
「ねえ、だんだん惚気が愚痴になってるよ」
「バカだな。愚痴も惚気なんだっつの。オレはミサのそういうとこも好きなんだからな。」
「うんなんか。そのドヤ顔うざい」
「てか、お前もわかるだろ?榛名なんて欠点だらけじゃん。でもそこも好きなんじゃないんか?」
「ぶっ」
吹いたのは先生だった。飲んでいた焼酎を噴き出してむせている。きったねーと言いつつも、先生を心配し、あと始末を始める山本くんは本当にいい子だ。
おしぼりを提供する為に手を伸ばすと、ブラウスの胸ポケットから携帯電話が落ちてしまった。大きな音はたったが、幸い食器が割れたりするような事にはならず、それを見た山本くんが、酔ってないのにお前までボケてんなよー。と笑う。さっきの話題はもう忘れたようだ。
「てか、メールかなんかきてんじゃねえ?点滅してっけど」
そう言われ、携帯を開いてみれば、新着メールが一通来ていた。濱村さんからだ。本文はなく、ファミレスの机に突っ伏して爆睡している榛名の写メが添付されていた。結局、濱村さんと課題やることにしたのか。そう思っただけだった。
(嫉妬とかは、してないし)
やっぱり私は榛名を好きではないのだ。
2011/06/20