喧嘩して仲直りしました
約束していた教室に行ってみれば、既に秋丸くん以外はそろっていた。つまり、榛名くんと濱村さんの二人が中にいたわけなのだが、なにやら普通の雰囲気で話をしているわけではないようで、中に入ろうとドアに手を伸ばしかけた私だったが、しばらく外で様子を窺うことにした。
「あの子は、あんな気持ち悪い子だけどさ。」
濱村さんが言った。多分私の事だろう。
「榛名くんは普通の子でしょ?だから、私のこと警戒してるよね。」
「そりゃ、警戒もすんだろ。あんな」
「うん、それが当たり前。だから一応言っとこうと思って」
声色だけで判断するのは難しいが、きっと榛名くんは戸惑ってるのだと思う。とても話しづらそうだ。
「なにを?」
「ありがとう。それから、ごめんね。」
「ありがとうってなんだよ」
「感謝の言葉」
濱村さんは論点をずらすようにそう言って、そして黙った。濱村さんもやりにくいのだと思う。それが、当たり前だ。だが、喋ってもらえないことには、中の様子はわからないし、これ以上大切な話もないだろう。仕方ないので中に入ることにする。
「二人ともお待たせ。秋丸くんは?」
「おせーよ、ったく。んでアイツは便所」
「そか」
私がそう言ってドアのほうに目をやれば、榛名くんはイライラした調子で、話をふってくる。
「なにしてたわけ、オマエ」
そう訊かれて答えないわけにもいかないので、私は正直に答えることにした。
「直接訊きに行ってた」
「冨永にか?」
「いや、真犯人に」
「は?」
あっけにとられたという言い方じゃなく、不服を表す「は?」
怒っているのだ、榛名くんは。何故だかわからないけれど。凄く。
「今回のは、確かにアブネー話じゃねーけど、なんでオマエ、前回あんな目にあって一人で行くわけ?」
「ベツに、それこそ危ない話じゃないんだからいいじゃん。」
「だからってなんで相談もしねーんだよ!」
「ああ、集まりが無意味になるから?それはゴメン」
「ちがうっつの!心配してンだ!」
「わかってるよそんなの。」
「ならなんで一人で行ったンだよ。」
「榛名くんには言いたくない」
「は?」
今度のも、ニュアンスは多少違うが、不服を表していた。不服なのはわかった。だが、そんなこと言うなら私だって不服だ。何故だか、わからないけれど。
「なんでだよ。」
「言いたくない理由が言えるなら、言いたくないなんておかしいでしょ。だから理由も言いたくない」
「人を付き合わせといてなんだよソレ。」
「勝手に付き合ったのは榛名くんでしょ?」
なんでだ。私は別に、こんな喧嘩がしたくてここに来たわけじゃないし、榛名くんに怒られるだろうと予想はしていたけど、ここまでのことになるなんて思ってなかった。
多分、私が言い返したのが悪かったんだ。
いつもみたいに、うまく受け流せば良かったのに。流さなかったのが悪かったんだろう。
「私は、いいって言った。勝手に付き合うって言ったのは榛名くんだ」
「オマエ、」
「大体、榛名くんはなにも知らないじゃない。私が何を思って一人で訊きに行ったのかも、どんな気持ちでここにいるのかも」
話さないのは、私だけれど。
流せないことにしても、私は、何かおかしい。
理にかなってないことを言ってる。理不尽に怒ってしまってる。
「あれ?どうしたの?」
ガラリと教室の扉が開き、お手洗いから戻って来たらしい秋丸くんが不思議そうな顔をして言った。
「なんでもねー。帰ンぞ秋丸」
机に置いてあったエナメルバックを肩にかけて榛名くんがそう言った。それに倣い、私も帰ろうとしたのだが、それは第三者の手によって阻まれる。
「あのさ、秋丸くんと私、二人で帰るから、あんた達は仲直りしてからか帰りなよ」
第三者こと濱村さんは、そう言って秋丸くんの横を通り抜け、振り返る。
「秋丸くん行こう。馬鹿はおいといて」
「まてよ濱村オマエ」
「榛名くんはもうちょい優香以外の女の子の気持ちも考えてやりな。わかりにくいけど、ヒントはごろごろ転がってんの」
「は?」
「で、越石は言葉がたらない。私だから事情はわかったけど、それで察しろつってもわかるわけないでしょ」
「そんなのわかって」
「りゃあいいって話しじゃない。明日までに仲直りしとくように。以上。行くよ秋丸くん。」
「ああ、うん」
ピシャン。と扉が閉められ、中には私と榛名くんだけが残された。
沈黙していても仕方がないので、私は口を開く。
「ごめんね。言い過ぎた。もう遅いし帰らない?」
「濱村が言ってたこと聞いてなかったのかよ」
「だからゴメンってば」
「そうじゃねーだろ」
「わかってるけど、わかんないんだもん」
だから、わかってるだけではダメなのだろう。
そんなことも、わかっているのだが。私はどうすればいいのかだけがわからない。
「オマエの事情はしらねーけど。オレは普通にオマエが心配なんだよ。実際前回は怪我したろ。」
「それは、そうだけど」
「オマエ、変に警戒心はある癖に危機感ねーから、心配」
「それは、まあ、ありがとう」
「なんで今回一人が良かったかは、オマエが話したくなるまできかねーけど、今度からは、事情はともかく、一人で行きたいときは先に言ってから行け。心配だから」
「……私は、西中さんみたいに死なないよ?」
「わかってっけど、そうじゃなく、心配なんだよ。オマエのことなんかスキじゃねーし、そういう風にみたこともねー……つったら嘘だけど、なんつーか」
「榛名くんあのさ」
関係に名前が無いのは不安だった。いや、違う。ここまで私を心配してくれる彼となら、友達以上になれる気がした。というか、友達じゃ物足りなかった。
「私と、親友になりませんか。」
「……親友ってこうやってなるもんじゃねーだろ」
「でも約束してほしいの。親友になるって。そしたら話すよ。いろんなこと相談する。親友になら心配かけないように頑張る」
「ンなことは頑張んなくていいけどな。オマエっていくら心配してもたりねーくらい危ういしな。」
今気付いた。いつの間にか、一人が怖くて堪らなくなっている自分に。
「榛名のせいだ。」
だって、あの時榛名くんが、榛名が、私に気付いてくれなかったら、私はきっと一人でも大丈夫なままでいられたのだ。
「なんでだよ。つか、なにがだよ。」
「お願いだから、私を一人にしないで欲しい」
わかりやすい懇願。
彼の前で素直になる自分が嫌だ。私の弱さが嫌だ。だからせめて、この弱さに理由を付けさせてほしい。親友に頼ってるだけだという、わかりやすい理由が私には必要だった。
「ちゃんと話せよ。約束だからな」
「ん。」
「泣くなよ。困るから」
「わかってる」
「じゃ、帰るか。親友のオレが送ってやる。」
「あんがと」
「今日のことは、話すの今度でいいから。多分オレにも心の準備必要だし」
肩にかけっぱなしにしていたエナメルバックを、一度かけなおして、榛名くんは乱暴に教室の扉を開いた。廊下も窓の外も真っ暗で、先生見回り遅いなあ、とか思いながら、榛名くんの後に続いて廊下に出た。
「オレ、西中のこと好きだったって、ちゃんと言ってねーよな」
「ん?ああ、まあ知ってはいるけど。いや、でも最初に私が訊いた時うなずいてたかな。でもなんでいきなり」
「親友だから。」
「ああそう。そんなら私、山口先生が好きだったよ」
「……そーか。」
で、後日談。というかネクストプロローグ。
図書室に例の本を返しにいった時のことの話。
「お!ちょうどいいや越石」
「山本くんどうしたの?」
「あのさ、オマエ冬休みあいてねえ?」
つまりまだ続いてしまうのだ。事件は、まだ終わっていない。
2011/05/21
三章からようやくラブコメのターンです