告白しに行きました


「ああ、やっぱり。」

ここにいたんですね。と私が言うと、パイプ椅子に腰かけた彼はようやく私に気づいて、本から目を離して顔をあげた。

ここは、文芸部部室だ。私が一年の時まで入っていた。西中さんが死ぬ間際まで所属していた文芸部の部室。

「どうした。また入部する気にでもなったか?」

「まさか。」

去年私は、やはりこの時期この場所で、この人に恋をした。

そして、失恋の匂いから、逃げるようにこの部を退部したのである。



「先生は、西中さんが来なくなって、寂しいだけでしょ。」

彼は山口聡。読みはヤマグチサトル。私の一年の時の担任であり、国語の授業ではうちのクラスとD組を担当している。部活は見ての通り文芸部の顧問で、年は……皆さんも知っているんじゃないだろうか。体格はそこそこよくて、実年齢より若くみえる童顔が少しばかりアンバランスだった。

私たちが一年の時。濱村さんは、入学前から女子バスケ部に入ると決めていたらしいが、西中さんはまったく考えていなかったらしく、「行くところが無い奴は、面倒見てやるから文芸部に入れ」といった先生の言葉で、文芸部への入部を決め、私もそれに付き合って入部。つまり私も部活については入学前、アウトオブ眼中だったわけなのだが、それは今は置いておこう。

そんなわけで、私と西中さんは文芸部にいた。入部してから知ったのだが、、文芸部には三年の石神井先輩(シャクジイと読むらしい。小説の登場人物名かと思った。)と、先生しかおらず。来年廃部になるかも知れなかったのたという。今現在では、私が辞めて、先輩が卒業して、西中さんが死に、一年がいないのだから、この部は廃部に確定だろう。

ちなみに文芸部の予算は、どの部よりも少なく、スズメの涙もいいところであった。

「西中か。まさかあいつが」

「またまた〜先生ってば、誰よりも早く知ってた癖にい。あの子が、自殺すること。」

確信があった。あの手紙は、間違いなく先生から西中さんにあてたものだ。

最初に気付けば良かった。図書室の、あんなところにあるマイナー著者の本、部員に相談もせずに勝手にスズメの涙をつぎ込んで買いこんだ張本人である先生か、その先生にそれを勧められたごく一部の生徒以外が読むわけがない。

しかも先生は天の邪鬼で、皆に知ってもらいたい作品だからと言って、部室ではなく図書室に置いた癖に、宣伝は全然しなかったのだ。図書室だよりという名前の、図書室に置いてある配布物にすら、名前をのせさせなかった大馬鹿なのである。というか、理解不能で意味不明な人だった。

まあ、そんな意味不明なところが―――好きだったわけなんだけれど。

「山本に変な質問してたのは、そういうわけだったんだな」

「先生、あの時図書室にいましたもんね。」

「あの本ずっと借りてたのもお前か。」

「マイナーな本だからって油断はしちゃダメですよ」

「ちょっと前に榛名に妙なこと吹き込んだのもお前か。」

「それには色々事情があったんです。ねえ、先生。何個か質問いいですか?」

先生が、パイプ椅子に深く座りなおした。私は気にせず話を続ける。

「教師には、生徒の質問に答える義務がある。いいよ。」

「じゃ、まず一つ目。西中さんは、なんで死んだんですか。」

「まてまて、お前、質問の順番が決めてた予定と逆だろ。プロットに忠実に話は進めるべきだ」

「世界観壊すような発言はやめてください。私は真面目に質問しているんです」

先にそっち聞くかー。と、未だにぼやきながら、先生は長机に頬杖をつく。その仕草がかわいすぎて少し困る。私はなんだかんだで、未だに先生のことが好きみたいだ。

そして、一拍間をおいて、先生は言った。必要以上に簡潔に。

「お前が、好きだからだよ」

「は?」

先生からの愛の告白ではないことくらいわかっているが、それ以外さっぱりであった。はしょりすぎだ。それでも国語教師か。まあ、これは偏見か。

「西中はな。お前に遠慮してほしく無かったんだよ」

「遠慮?」

「話によれば、お前、西中と同じヤツに惚れてるんだろ?」

「いや、ちが……」

わない、事に、なっていたんだっけか、そういえば。しかし、たまたま同じ本を読んでいた、多分名前も知らなかったであろう人間に、西中さんは個人名だして相談していたのか。警戒心のない奴め。

しかし、そういう理由で自殺したとなると、清廉潔白とはいかないまでも、あの子は無垢だった事になる。ああ、私はあの子を誤解していたのか。榛名くんも、適当にあの子が好きだったんじゃないんだなあ。ちゃんと見ていたわけだ。榛名くんの元カノは相当性格歪んでいたのに。好みってわからないわ。あ、榛名くんの元カノの話はまた今度ってことで。今は気にしないでいただきたい。

ふむ。なんというか、なんだか、その、少し悔しい。それ以上に、悲しい。

「……あと、確認なんですけど、西中さんは、先生だとわかって文通をしていたんですか?」

「まさか。」

「ですよね。」

「先生は、いつ?」

そう聞いてみれば、先生は椅子から立ち上がり伸びをする。かわいい。凄く、反則的なくらいかわいい。でも私には、誰よりもかっこよくも見える。私の恋というのは麻薬みたいなものだ。私のはきっと幻想。榛名くんみたいに、好きな人を真っすぐ見れていない。

伸びをした後、先生は私を見て苦笑した。ベツに困らせたいわけではなかったのだが、知りたいことは知りたいのだから仕方がない。答えてもらわないなんて選択肢は端からないので、私はそれを無視した。

「最初からだって、わかってる癖にな。」

「先生だって、私と西中さんの好きな人が違うこと、わかってるくせに」

「そんなのは知らん。まあ、とにかくオレは、西中が好きだったからな。だから、あいつの読んでる本を捜査(リサーチ)して、いや、読む本を操作(コントロール)して、紙を挟んだ。それで、まるで自分が彼女と同じ、生徒かのように会話した。その行為の無意味さなんて、最初からわかっていたのに、な。」

「馬鹿ですよね。西中さんは同年代にしか興味ないようなやつなのに惚れちゃうなんて。」

というか。ふり仮名が中二臭いぞ先生。

「全くお前は本当に相変わらずだな。しばらく授業でしか会話しなかったが、相変わらず」

相当なマゾヒストだ。と小さく呟いた先生は相当なサディストだと思う。

「先生」

「まだ言わないのか。お前」

「なんで、急かされなきゃならないんですか」

「早く言わんないと、次に"移れない"ぞ」

「移ることは決定済みなんですね。じゃあいいや、まあ、その。」

「ん?」

「私、先生が好きです。」

移るとしたら、先生以外に現をぬかすとしたら。

そう考えてみて、ふと頭をよぎった影など、私は知らない。その意味を知らない。というか、意味なんてない。

「これからも、きっとずっと」

これは嘘だけど。それこそ、意味のない嘘だけど。

「オレはお前は好きにならんよ。」

「わかってますよ。あと先生、名前。私はお前じゃないです。」

「ああ、なんだっけか。」

「酷いですね先生ってば。相変わらず生徒の名前覚えないんだから。」

そんな彼がどうやって成績をつけているのかというのは、また別の機会にお話ししようと思う。

忘れていたが。これはあくまでも私と榛名の物語なのである。

「そういや、西中が『私は、越石さんの思う最低な人間になって嫌われたいんです』って手紙で言ってたよ。そうすれば、あの子は死んだ自分に遠慮しないだろうって。あと――――……いや、これはいいな。」

「……名前わかってんじゃないですか。っていうか、訊いても答えてくれないでしょうし訊きませんけど、いいと思うなら口には出さないで下さい」

というか、そういえば、西中さんは個人名を出していたのだっけ。私としたことが、なんでそんな伏線にすら気付けないんだ。

「じゃ、久々に鍵は頼んだ。」

そう言って先生が部室から出て行って、私はやっと理解する。

「なんだ私意外と強烈にショックだったのか。」

西中さんを誤解してしまっていた事も、ふられたことも。

余裕の無い脳内。私は、先生の残した新たな伏線にすら気付かず、しばらく部室に一人立ちつくした。



2011/05/11
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