三月ウサギ


しばらくとばされた後、オレは誰かの手のひらで受け止められた。

「いっつ、あんのヤロー……!」

「君がアリス?」

またもや聞こえたよく知った声に、オレは顔を上げる。これはオレの幼なじみの声だ。

「秋丸……じゃねーんだろうなオマエも。じゃ、三月ウサギとやらか?」

「そう、オレは三月ウサギ。アリスが不安にならないようにってあさ子がこの姿にしてくれたんだよ」

いきなり出てきたあさ子という名前に少し驚いたが、そもそもオレはあの女があさ子なのかというのを調べにきたのだ。

いつの間にか目的があっちに勝手に変えられていたが、本来の目的を見失ってはいけない。

「そうだアリス」

「アリスアリス言われてるとオレが何者なのかわからなくなってきてイライラすんだよな。だからそれやめろ」

「じゃあなんて呼べばいいの?」

「とりあえず榛名って呼べ。で、なんだよ」

「わかったよハルナ。でさ、ハルナはちゃんと誰かにこの世界に連れてこられた理由はきいた?」

「知らねーよ。」

「まったくみんな横着だなあ。君はね、あさ子をここから連れ出す為に連れてこられたんだよ」

順を追って説明してくれているようではあったが、まったくもって意味不明である。

連れ出す為って、あいつは普通にオレを連れてくる為にあちらの世界に来ていたじゃないか。
というか、あいつがあさ子だとしたら、小さな頃にはあちらの世界で一緒に遊んでいたわけで。


「君が連れてこられた時に彼女に会ったところは、あちらでもこちらでもない境界線上の世界さ。そこまでなら彼女も行ける」

「人の心読むなよ」

「顔に出てたよ。」

三月ウサギは秋丸の顔でにっこりと笑うと、チェシャのようにオレを肩に乗せて、いつの間にか目の前に迫っていた城にむかい歩き出した。

「そもそも彼女が何故こちらの世界に止まるハメになっているか、君は覚えてないでしょう」

「?なんだよそれ」

「君が殺したんだよ。先代の白ウサギをね。それで、君とたまたま一緒いた彼女はこちらの世界で裁判にかけられた。」

三月ウサギは歩きながら、昔話でも子供にきかせるように話し出した。

「ウサギがいないと困るから、女王は君に身代わりになれと言ったんだ。君もそれを受け入れようとした。」

「そんなん記憶に」

「残すわけないだろ?ていうか、君は今日あさ子に出会うまで、名前をきくまで、彼女のことも忘れていた。違うかい?」

反論出来なかった。オレは忘れていたのだ。正直に言えば、彼女と遊ばなくなった日のことも厳密には思い出すことが出来ない。

ガキの記憶なんてそんなものかもしれないが、しかし反論出来なかった。

「とにかく君は、白ウサギになることを決意した。君が白ウサギになるハズだった。でもそれを彼女が止めて、自分がウサギになった。」

「なんで身代わりになんかなったんだよ」

「君が、プロ野球選手になるからだって。」

だんだん、思い出せてきた。裁判所での奇妙な光景。並んだトランプの兵隊。死んだウサギ。

「そもそも君がウサギを死なせてしまったのは過失、つまり事故だったんだ。だから、現女王になって、彼女は元の世界へと戻ってもいいって事になった。」

「それならベツにオレが来ること」

「でもね、彼女が元々向こうの世界の人間だったからこそ、向こうの世界に逃げ帰れないように、前の女王が、彼女の向こうの世界での影を奪っちゃったんだよ。その影はもうないから、向こうの世界で縁の濃かった人間の影を元に、彼女の影を作らなくちゃいけなかったんだ。だから君が呼ばれたってわけ。」

そこまで話をきいて、オレは漸く納得ができた。

というか、あの日の事をすべて思い出すことが出来た。

白ウサギが死んだ日のことを


気が付けば、いつの間にか城の門の目の前にたどり着いていた。

重そうな扉が、ゆっくりと開き。掘りに橋がかかる。

その奥には、先ほどの双子によく似た女性が立っていて、オレ達が来ることを予測していたかのように微笑んだ。まあ、実際予測していたのだろうが。

「そういや三月ウサギ。双子はなんでオレを殺そうとすンだよ。」

「双子はあさ子に帰ってほしくないんだよ」

三月ウサギはそう言うと、またもや、にっこりという効果音のつきそうな笑みを浮かべ、女王の元へと歩き出した。

というか、チェシャの野郎。最初からラスボスでも問題なかったってことじゃねーか。



2010/10/23
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