私を飲んで
「死なねーし怪我もねーし、意味わかんねー。つーかなんだよコレ。」
穴を落ちきってたどり着いたのは、小さな部屋だった。
そこで漸く冷静になったのだが、あのオンナはアリスアリス言っていた気がする。あとチェシャがどうだとかとも。
不思議の国のアリスといえば、大まかにはオレも知っている、小さな扉一つに奮闘したりするあれだ。
足元を見てみれば、きいた話の通り小さな扉があった。で、近くのテーブルには鍵。アリスのように悠長なことはやっていられないので、オレはとりあえずその鍵でその小さな扉をあけた。後は小さくなるクッキーとか何かがあればなんとかなるだろう。
だがしかし、よりにもよってソレが見当たらなかった。いきなり手詰まりだ。正直イラッとした。既にかなり苛ついているというのに。
「あー、あなたがもしかしてアリスですか?黒いのが連れてきた」
聞いたことのある声に、嫌な予感を覚えつつ振り返ると、そこにはシニア時代に組んでいた生意気な捕手が立っていた。
「なんでタカヤがここにいんだよ」
「ああ、あなたにはタカヤって人に見えるんですね、オレ。」
「見えるんですね。もなにも、タカヤにしか見えねーよ」
「じゃあ、今あなたが頼りたいのはタカヤさんなわけだ。オレには知ったこっちゃありませんけど。で、何を困ってるんですか?黒いのはああ見えておっちょこちょいだから、多分シナリオに必要な何かを忘れたんでしょう」
いろいろ聞き捨てならない台詞も聞こえたが、このタカヤはタカヤに見えてタカヤではないようだ。黒いのというのはさっきの女の事だろう。
「小さくなれなくて困ってンだよ。」
とりあえず、話していてもあの女と同様、話が通じそうにないので、質問だけ答えてやると、タカヤの顔をしたソイツは、タカヤのように笑った。なのにタカヤじゃないというのだから気味が悪い。
「アイツはアホですか」
「知らねーよ。知り合ったばっかだっつの」
「まあ良いです。小さくなりたいんでしょう?それならこれを飲むといい。」
タカヤみたいな奴は「drink me」と書かれた下に、丁寧に私を飲んでと書いてあるビンをオレに差し出すと、バカにしたように、ああ、漢字は読めます?とにやりと笑った。
「読めるっつの。」
そう言ってタカヤのような奴の手からビンを受け取ると、お礼は?と、嫌らしく首を傾げた。せめてタカヤでさえなければこんなにイラつかなかったというのに。
「あ……りがとう」
「で?」
「ございました」
いろいろ最悪だ。
とりあえず、蓋をあけてそのビンに入っている液体の臭いを嗅いでみる。
思ったより変な臭いはしなかった、なんというか、栄養ドリンクのような臭いだ。
これならまあ大丈夫だろうと一気に飲み干すと。気持ちの悪さがこみ上げてきて、周りの景色が一気に大きくなった。
「というか、毒だとか思わなかったんですね」
「うっせ、つーかなんでオマエまでサイズ小さくなってんだよ」
「自分のサイズを小さくするくらいオレにかかれば余裕ですよ。でもおかしいですね。オレは今、あなたが一番会いたくない人になってる筈なのに。それなのに信用はしてるんですね、タカヤのこと。」
「さっきと言ってること変わってんじゃねーか。」
そう言いながら扉を開けると、そこには不気味な森が広がっていた。
「しかし、よりによってこの森に繋がってる時に開けるとは。あなたも運が悪いですね。」
ただでさえ最悪な気分だと言うのに、タカヤに見えるソイツの台詞で尚更気分が悪くなった。
2010/10/15