無礼な客人


「止めなかったのは、止める理由がなかったとか、こうだから止めたくなかったとかじゃなくて」

「なんだよ」

「反応出来なかっただけ。」

目は合ったし、少しだけ猶予はあった。でも、私は一瞬呆けてしまって、だから反応出来なかった。

これは、本当のこと。呆けてしまった理由はわからないけれど。

「私とキスしたくなかった?だから止めて欲しかったの?」

「ンなこと言ってんじゃねっつの。」

「じゃあなんでそんなこと」

「つーか、オマエとなら全然」

キスしてーし。と小さく続いた。このヘタレめ。ていうか、したじゃない。勝手に、額に。

いや、今彼は"となら"と言っただろうか?"に"じゃなくて。え?つまり口に?双方合意の上で?ていうか、"全然したい"って榛名日本語おかし────

「っていうかバッカじゃない!?」

うん。容量オーバーしました。

だって、なんだそれ。つまりなんだ。

「はあ!?ここでバカはねーだろ!」

「いや、なに?榛名、私が好きなの?」

「は、ンなわけ」

ごにょごにょってなんだ。ンなわけあるのかないのかはっきりしろバカ。

ダメだ。地の文が纏まらない。ていうかそういうこと言っちゃダメだって、私。

でもさ、だって。

「つーか!オマエはどうなんだよ!」

「何が!」

「オマエはオレとキスしたくねーわけ!?」

榛名の思考回路がわかんないよ。本気で。何故その質問に発展する。オマエはオレのこと好きじゃねーの?とかならわかる。でもなんでキス限定なの。

そのときだった。ピンポーン。と、うちの呼び鈴が再度鳴ったのは。

「出んなよ。イマ大切な話の最中なんだから」

「出るよ。バカじゃないの?」

そう言ってから、玄関に、はーいと声をかける。残念でした。もう居留守は使えません。

うちに訪ねてくるなんて、宅配便か榛名かチェシャくらいだ。今回は時間が時間だし、多分チェシャが夕飯をたかりに来たのだろう。

声を掛けてみれば、案の定チェシャ猫だったので、とりあえず部屋にあげる。玄関に脱ぎ散らかされた靴を見て嫌そうな顔をしながらも帰らない。また榛名と一悶着起こしてくれそうだ。

「やっぱりアイツ来てるんだ」

「うん、ほら、昨日のことでさ」

「あー、はいはい、昨日のことね。」

「ていうか私今日は夕飯作ってないけど」

「別に夕飯たかりに来たんじゃないから。オレは、邪魔しに来ただけ」

とてもストレートだった。

とりあえず上がって。と私の部屋に通せば、榛名も嫌な顔をした。二人は意外と気が合うんじゃないだろうか。

「何を話してたかしりませんけど、オレをうちに上げたのは黒いのなんですからそんな恨めしい顔はやめてください」

「ンな顔してねー」

「どうだか」

榛名が私を見た。首を縦に振って返してやる。凄く恨めしい顔をしてますよ?

「まあ、いいや。一応ちゃんと話もあって」

「なに?」

「王子に戻ってこいって言われたから、オレはそろそろ帰るよ。って話」

たまには顔出すかも知れないけどさ。オレは基本的には王子の飼い猫だし。と付け足すチェシャ。

マッドハッターとは違う意味合いで、チェシャとはいつも一緒にいたから、なんとなく変な感じがした。

「えっと」

「寂しい?」

「寂しい、よ。そりゃ」

それなら良かった。と何故か満足そうに笑ったチェシャは、今までで一番いい顔をしていた。

今までいつも不服そうにしていたから、それがなんとなく嬉しかった。

「ていうかオレにもお茶」

「あ、うん」

空気読めない中学生だよなあ、と一瞬思ったが、私も気が利かなかったかもしれないと思い直す。

チェシャの分のグラスはもちろん部屋に持ってきていなかったので、私は台所からチェシャ猫用のグラスを取ってきて、それの、上から大体二センチほどのところまで紅茶を注ぎ、チェシャ猫の前に置いた。

「粗茶ですね」

先を越された。

「メーカーに謝れ」

ごもっともです。

酷いことを言った癖に、チェシャ猫は紅茶に普通に口をつけ、一息つく。

こういうやりとりも、あまり出来なくなるのか。全く会えないわけではなくても、やはり変化はあるのだ。

「じゃあオレは帰るんで」

チェシャがそれだけ言って素直に帰るのかと思ったらそれは大間違いで、最後に思い切り爆弾を落として行った。

「あさ子としたあのキスは忘れないからよろしく」

わざわざそれを言う必要がどこにあるんだチェシャ猫くん。

沈黙の中チェシャはとたとたと外見に似合わない可愛らしい音をたてて帰って行ったが、この空気は全然可愛くない。

「なあ」

さて、今日は私が珍しく榛名に気を使っちゃうぞ。



2011/06/09
次回完結です
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