疑問と質問


ここを出たのが金曜日だったから、その日の深夜、いや、もう既に土曜日になっているであろう時間に、私は榛名を連れて元の世界に戻ってきた。

寝たら、また夢を見たかのように記憶が曖昧になっているだろうから、キチンと説明できるように、私は寝てしまった榛名が起きるまで、部屋で待たせてもらうことにした。ハズだった。


結果、榛名のベッドで爆睡。驚きの自分の神経である。声にならない叫び、とでもいうような妙な声に目が覚めたのだが、榛名が凄い顔をしていたので私は寝てる振りを続行することにして、以下省略。

おでこにちゅーされたのも。省略。



榛名が帰りに家によると宣言していたので、チェシャ猫に引きずられて帰ってから、私は急いで部屋の掃除をした。

お母さんにめちゃくちゃ怒られたので、私は友達の家に泊まったと素直に話した。相手は女だと嘘吐いたけど。ちなみに女友達にも根回し済み。チェシャが余計なことさえ言わなければ大丈夫だ。言わない自信はないけれど。

部屋がある程度片付いてきたので一休みする。思った通りぼんやりとしてしまっている記憶から、真実を取り出す努力をしてみる。

私は、ジャックの封印を解くためにマッドハッターを連れ戻しに行った。ジャックの封印を解いた理由は、私が彼に謝りたかったからで、女王は死んでて、あれ?それはなんか違う?

少しずつはっきりとした形を持っていく記憶。これなら多分、何を聞かれても大抵答えられるだろう。

しかし、一つだけわからない。

私は、なんで榛名を連れて行ったんだろう。

私は過去に榛名を放置したわけだし、連れて行く必要がなかったような気もする。

でも理由がなければ、榛名を巻き込むことはないわけで。

「ふむ、困っちゃったな」

一番の重要事項だと言うのに。

なんで私は、向こうの勝手を知っていて、説明のいらないチェシャじゃなくて、榛名を連れて行ったんだろう。

いや、そんなの本当はぼんやりとわかってたんだけど。

私は多分、榛名をマッドハッターに会わせておきたかったのだろう。

私がどんな人といたのか、知ってほしかった。昔の私も見せたかったのかも知れない。

彼が大切だから、全部わかってほしかった。

「なんて言って、榛名が納得してくれるとは思えないんだよね。どうするかなあ」

いつもならそろそろ部活が終わって帰ってくる時間だ。説明は結局上手く出来ないだろう。一生懸命纏めたのに。


あれ?そう言えばもう一つわからないことが。


「私、なんで榛名が私にちゅーしたのがムカついたんだっけ?」

でこちゅーの話ではなくて、向こうでの話ね。

そのムカつきも、そのでこちゅーで払拭されたわけだが、なんで払拭出来るのかもわからない。

これは榛名に説明する事ではないから、いいのだけど。

呼び鈴がなった。お母さんは平日のこの時間は大抵出掛けていてうちにはおらず、今日も例によっていないので、私が自分で彼をうちに上げてあげなければならない。

「いらっしゃい」

「おー」

私の部屋に通して、ペットボトルに入った冷たい紅茶をグラスに注いで、榛名の前に置く。

「粗茶ですが」

言ってみたかった。

「メーカーに謝れ」

セリフを全否定された。

確かに粗茶はメーカーに対して酷いと思うが、よく使うセリフじゃないか。私は初めて使ったけど。

「んーまあそれはいいとして、とりあえず榛名。知りたいこと訊いてよ、順を追って説明は面倒だから」

絶対文句を言ってくるだろうと思っていたのに、榛名は文句を一つも言わなかった。しかも質問も一つしかしなかった。
一番困る、それだった。

「とりあえず、オレも面倒だから一つしか聞かねーわ」

「なに?」

「オマエ、何で止めなかったわけ?」

何をなんて訊くまでもないのに、私は悪足掻きをする。だって、それだけは答えられないのだ。

「何って、わかってンだろ」

わかってるよ、わかってるからわからないんじゃない。

榛名、それ、止めて欲しかったって聞こえるよ。



2011/05/30
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