用が済んで


「お。起きたな」

私が起きると、既に二人のバトルは終了していた。

そしてここはマッドハッターの家。久々だった。マッドハッターが死んでからは、私は全くここに来ていなかったし。

少し埃っぽいのがデフォルトな家だったが、しばらく放置していたせいで、少しどころではなく埃っぽくなっている。

「一度だけだ小娘。もう二度と顔を見せんと言うなら、一度だけ、話をきいてやる。早く言いたいことを言って失せろ」

「おう、合点承知」

自分のキャラクターが定まらない。寝起きだからだろうか。

マッドハッターはどんな説得をしたのだろう。まあ、想像は出来るけど。

彼がイカサマ無しで本気で戦ってくれることほど、ジャックにとって嬉しいことはないのだから。それで負ければ、言うことをきくのは当然なのである。

幼なじみって関係が羨ましい。私はどこに行っても中途半端な友達しかいない。

お互いが小さい頃からちゃんとずっと一緒に居たのって、もしかしたらチェシャ猫だけかも。

「じゃあ、なんていうか、その」

私は謝るのが死ぬほど下手だ。だからとりあえず直球で行くことにした。

「ごめんなさい」

殴られた。思いっきり殴られた。

口の中に血の味がまた広がった。しばらくご飯がまともに食べられそうにない。

「なんなんだお前は」

「何って、私は私ですが」

「謝るな。俺様やアイツは、お前が謝らないからお前を憎んでいられた。謝られたら、お前をどう扱っていいかがわからなくなる」

もう一度、ごめんなさいと言いそうになった。

辛そうな表情。私がやる事はいつも裏目にしか出ないのだ。

ごめんなさい。心の中でだけ言った。自分の胸に、その言葉が突き刺さる。

というか、わかってた。だから私は女王には謝らなかった。謝罪せずわかれた。

でもこの謝罪は白ウサギについてじゃなく、封印したことについてなわけだし、いや、まあ、全部言い訳なんだけど。

「まー、でもよ」

そんな明るい声を出したのはマッドハッターだった。

場にそぐわないようで、今しか出せない声や雰囲気。

こんな馬鹿みたいで、素敵に優しい空気を彼以外に誰が生み出せるというのだろう。私はいつだってそんな彼に救われてきた。

「謝るのは悪いことじゃねーよ。それに、ここ以外の世界じゃ、オレが死んだ後、女王も死んでるんだ。それを考えれば、ジャック、謝って貰えたお前は随分、恵まれてンだからな」

詳しくは説明されていなかったのだが、今理解した。他の世界は、だから王家の血をひくジャックが必要になったのか。

そして、私がマッドハッターに"理由"を話したとき、嬉しそうにしていたわけもわかった。女王が生きていたのが嬉しかったのだろう。

というか、今も凄く機嫌が良いみたいだし、もしかしたら私が寝てる間に会って来たのかもしれない。

む。嫉妬。

私の独占欲も御健在なようだった。たまらないね。

「話は聞いた、許したわけではないが、憎むのはやめてやる。俺様とお前の間には、もうなんの禍根も、顔を合わせる理由も無い筈だ。もう一度言うが、二度と」

「わかったよ。わかってるから」

そう言って立ち上がる。

これ以上ここにいることもない。と、私はマッドハッターの腕をひいて、榛名の元に帰ることにした。早く会いたかった。




そして穴に落ちたのち、扉の前。

ここをでてきっちり一時間後。一時間しか経っていないのだから、多分扉の向こうは変わっていないだろう。

「そーだ、言わなきゃって思ったんだった」

扉を開ける直前に思い出して、私はマッドハッターと向き合う。

榛名の前で言うのはなんとなく嫌だし、ここで言っておきたかったのだ。

「私、マッドハッターが好きだよ。スッゴく」

「知ってる」

あっさりとした答えに笑みが付属している。どこか寂しい笑みだけど、彼はやはり、なんとなく嬉しそうだった。

「ありがとな、でも悪い」

「わかってるよ。そもそも、本当に伝えたい相手はあなたじゃないもの。でも、あなたも居てくれて良かった。私に気持ちを伝えさせてくれてありがとう。」

そう言うと、マッドハッターが私の頭を優しく撫でてくれた。

「お前、おっきくなったなあ」

何ソレ。と笑って返せた。泣かずに済んだ。

私は、さっさと扉を開こうとドアノブに手をかける。

泣いてしまいそうだった。離れたくなくなりそうだった。私にはやっぱりマッドハッターが必要で、でも、わがままはいけない。

そのくらいは理解できる大人になったハズだ。私も。

「オレも、ありがとな。女王を死なせないでくれて」

でもよくよく考えれば、昔と比べると、マッドハッターも随分大人になった。

私が謝罪も感謝も知らなかったのは、最も身近にいたマッドハッターがそれをしなかったからだろうし。

彼にありがとうって言われたのは初めてだったから。嬉しかった。



扉を開いて、榛名達の姿を探してみれば、すぐそこにいた。私が榛名の前に立っていた。

椅子に座るに榛名と、目が合った。

それは私だから、次に何をするであろうかはわかりきっていて、なのに私は止めなかった。止められなかった。

自分がそれを止めたいのかがわからなかったからだ。

そして、後悔する。

私は自分の気持ちの名前にとうとう気付いてしまったのである。



2011/05/26
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