起床のち、
で、まあ、いつも通りの朝。
記憶は相変わらずぼんやりとしているし、まるで夢を見ていたかのようだったが、オレはきちんと訊かなければならないことは覚えていた。
うっすらと開けた瞼の隙間から見える自宅の天井に安心し、オレは身体を起こす。
今日は、どちらが迎えに行く日だったろう。いや、それとも土曜日だっただろうか。
そんなことを考えていたときだった。ベッドについたオレの左手に、生暖かい物が触れたのは。
「────っ!?」
声にならない叫びって、こうやってあげるのか。と、自分を冷静に客観視。なんてもちろん出来るわけがなく。
オレは慌てて、自分の隣に横たわるそれを確認した。気持ち良さげに、寝息をたてているそれを
「ンで、いるんだよ……」
あさ子だった。間抜けな顔をしてぐっすり寝ていた。
そういや、オレはこの顔にキスをしたんだっけ。なんて一人で思い出し、恥ずかしさで悶える。
あのときのオレのテンションはおかしかった。間違いなく。
昨日は気付かなかったが、彼女の額に、小さく傷があるのが見えた。
彼女の体に掛けてある布団を少しめくってみれば、腕や足もところどころ傷がついている。
自分自身と戦ったときのものか、それともオレの知らないところでついた傷なのか。
どちらにせよ、オレが無力だったことに変わりなく、なので、訊きたいことが山ほどあっても、彼女を強引に起こすことは忍ばれる。
オレがいなくても、世界は救われた筈なのだ。オレは話を簡単にしたように見せ掛けて、歪曲させただけでしかない。
携帯を開いて時間と日付を確認。今日はやはり土曜日で。今はまだ午前七時過ぎで午後練しかない筈で。
オレは、彼女を少しゆっくりさせてやることにした。
恐る恐る額にかかる前髪を払い、優しく傷に触れる。
忘れる予定だったのだけれど、それは無理なようだ。
傷に触れられ、身じろぎした彼女に対する感情は、今までよりはっきりと形になっていて、それの名前だって、わからないわけがない。
何に対するわけでもない長いため息を吐けば。朝の空気が肺を満たした。
オレは、つまり。コイツが好きだ。
右手で、払ったままの前髪を軽く押さえて、左腕で自分の体を支えつつ、ゆっくり彼女に顔を近付ける。
安定した寝息が聞こえた。
起こさないよう慎重に彼女の額に落としたキス。それに一人、思っていたより照れたりして。
バカみたいだ。
部活に行く準備をしたり、何食わぬ顔で家族と朝飯を食べたりして、あと三十分で家を出なければならない時間になったところで彼女を起こした。
それまで起きなかった彼女は、やはり相当疲れていたのだろう。
家族は皆もう出掛けていて、靴の問題さえなんとかすれば、彼女は普通に家に帰れる。
朝帰りどころか、昼帰りだけれど。
というか、彼女の家族はどうなっているのだろう。
「これはどういうことだ」
ちなみにこれが彼女の第一声。それはこっちの台詞である。
「あ、榛名送って私そのまま寝ちゃったんか。やっちゃったなー。」
「そろそろオレ部活行くけど、」
「おおう、じゃあ私帰るね。」
「帰り、オマエんち行くからちゃんと色々説明しろよ」
「ん。わかった。」
靴は姉ちゃんの物を適当に選んで彼女に貸す事にした。
うちを出てエレベーターに乗り込み、一階まで降りる。
そしてマンションを出てしばらく歩くと、例のアイツがいた。
「よう、チェシャ」
「こんにちは役立たずさん。」
「あ、おはよ、チェシャ」
「はあ……もうおはよって時間じゃないけど。まあほら、早く帰るよ。おばさん心配してたし。」
役立たずという表現に、何も言い返せないオレ。
黙ってチェシャ猫に手を引かれてだらだら帰っていく彼女を微妙な気持ちで見送っていたら、すっかり忘れていた秋丸の存在を思い出した。
携帯を取り出し電話をかけてみれば、今出るところだと言うので、オレはここでしばらく秋丸を待つことにする。一人でいるのが、なんとなく嫌なのだ。
2011/05/03