最後に願う


と、まあ、これからのことはさておき、整理だ。整理。脳内を整頓。

バッグの中のようにグチャグチャのままにしておくわけにはいかない。



とりあえず、目の前で紅茶を飲むあさ子が、何故こんなにオレに一生懸命なのかはわかった。彼女は、自分が二度とオレに会えないのを知っていて、だから代わりにオレに尽くしてくれている。

全く。彼女の真心や想いをオレと一緒にこちらに来た彼女に見せてやりたいくらいだ。

まあ、彼女がこんなに尽くしてくれているということは、彼女の気持ちだって同じだということなんだとは思うが。

彼女と彼女は別人であっても同一ではあるらしいし。

「で、あと、榛名は説明されたの?マッドハッターが必要な理由」

「いや、それはまだきいてねーけど」

「まーそれは私本人に訊きなね。彼女がちゃんと戻ってこれたらだけど。死なずに。」

さらりと不吉なことを言うあさ子。

とりあえず、その内容から、マッドハッターさえいれば世界がすぐに救われる。ということではないのだということを知った。

オレもまあ、そんな簡単に話が終わるとは思っていないけれど。

アイツが死んで最終回ってのもないと思っている。話は続いていくべきなのだ。惰性と言われるくらい、だらだらと、長々と。例え、最終回が、終わったとしても。

「じゃ、質問コーナーはこれでいいかな?」

「あー、最後に一ついーか?」

「ん?なに?」

「お前だって他の世界を助けたい癖に、お前がそれでもアイツの妨害をする理由はなんなんだよ?」

コイツは、自分とオレを例外なく大切にしている。つまり、他の世界を知らずとも、自分やオレだけは助けたいと思う筈で。

「つーか、これは勘だけど、妨害してもマッドハッターが勝手に他の世界を助けに行くってのがわかってるよな。お前」

「サスガ榛名。私のことよくわかってるなあ。でもわかんないんだ?」

「わかんねーから訊いてんだっつの。答えろよ」

「簡単な話。マッドハッターがいる私が一番だって示したいだけだよ。だから、本当なら、榛名が連れてきた私に一番勝ちたかったんだけどね。私、あなたが榛名って、なんとなくわかってたんだと思う。榛名に会える私がムカついて。でも敵わないってすぐわかった。だから全部持ってかれる前に、交換条件を出したんだよ。」

お前がマッドハッターを蹴ってさえいなきゃ勝てたんじゃないのか。

オレがそう思ったのを察したかのように、彼女が口を開く。

そしてきちんと、疑問に答えてくれる。

「榛名は、今回の件の勝利条件がわかる?」

「そりゃ、」

わからない。強引にマッドハッターを攫うのは絶対に違う。それじゃただの悪役だ。

「まあ、私を納得させて、マッドハッターを連れて行くこと。かな」

「で?」

「榛名が人質にとられたら、"私"は土下座を平気でしてたよ。あの"私"が。そんでもって、この私がね。」

私の心を折るには十分だよ。プライドが粉々になるし。

端から見りゃあ、土下座すれば負けだろう。オレだってそう思う。

ただ、彼女達にとっては違うようだった。

「私が土下座するのは間違いなく榛名の為だよ。私なら、マッドハッターの為になんて絶対土下座しないのに、あの私は榛名の為にする。それは榛名と会って、気付いたことがあるってことで、っと、この話はここまでにしようか。榛名相手だとついつい喋り過ぎちゃうなー。」

空になったカップをくるくると弄びながら、彼女がため息をついた。

「ああ、そうだ。忘れてた。"私"は卑怯者なんだった」という呟きに思わずクエスチョンマーク。

意味が不明だ。

「私は圧倒的不利なのに、榛名がいるから忘れてた。早くお願いしなきゃね」

「なにをだよ、誰に」

「榛名に。一つだけね。こんだけ色々教えてあげたんだから、きーてよ」

ああ、そうか。嫌なことを理解する。

アイツも、お前も卑怯者だったな。誰に似たのか嫌がらせも大好きで。

あさ子が椅子を降りてオレの前に立つ。オレが立とうとすれば、立たないで欲しいという、お願い、じゃなく、これは希望。届かなくなるからという意味。

何をしてほしいかなんて、ここまでくりゃあ予想出来るっつの。

心の中でそう呟きながらも、オレは自分からは動かなかった。



2011/04/25
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