今更な説明
「私って薄情者だよね。なんで交換を了承しちゃうんだか。まあ、了承してくれることもわかってたけど。なにせ私だもん。」
マッドハッターの座っていた椅子に座り、オレは黙って、そんな彼女の独り言を聞いていた。
その数秒後。沈黙の末に殴られた。独り言ではなかったらしい。
「ハンノーしなさい榛名くん」
「あーはいはい」
よく見てみれば、過去というだけはあって、彼女は、オレの知る彼女より少々幼い顔をしていた。
というか、なんだ。
今更思ったのだが、過去というのはなんなのだろう。
ここを平行世界だのと言っていたが、ならば、オレの過ごしてきた普通の世界と、彼女の過ごしてきた世界の関係はなんだ?
オレは、未だにそんなこともわからない。
「ねー、頭の中だだ漏れなんだけど」
「は?」
「榛名って、わかりやすいって言われない?機嫌不機嫌、喜怒哀楽がダイレクトに伝わるっていうかー、まあ、いいや。なんか訊きたいことアルならきーてよ。榛名を連れてきた私が言いたくないことでも、私は教えてあげる。」
アイツに訊かなければ意味がない。などと言う内容でもなかったので、オレは素直にこちらの世界の彼女、面倒なので、とりあえずこれからは普通にあさ子と呼ぶことにする。とにかく、あさ子に説明を求めることにした。
平行世界の定義、過去と未来、あちらとこちら、そして重要なのはそれらの世界を行き来することにおけるリスクについて。
訊いてみれば、彼女はそれをあっさりと余すとこなく丁寧に説明してくれた。
とても楽しそうだった。まるで、オレの力になれるのが、これで最後だとでも言うようで、気持ちが悪かった。
「まずわかりやすい未来と過去の移動についてね。」
「おう」
「これに関しては、移動中のリスクはほとんどないんだけど。ただ、過去に戻って、自分自身で、自分自身のいるべき時間へ影響を与えるのはダメ。んーと、わかりやすく言えば、榛名の世界がどんなにヤバくても、自分の世界の過去からマッドハッターを連れてきたり、自分の世界の過去に戻って、マッドハッターが死ぬという未来を変えたりなんてしたら、場合によっては、自分の存在が消えちゃうなんて可能性があるって言われてる。まあ、当然だよね。」
大体予想通りだ。タイムパラドクスというのは実に恐ろしい。
やはり、時間の移動なんてするべきではないのだ。
「で、平行世界についてなんだけど、つまりはパラレルワールドというか、似てるけど、微妙に違う要素のある、もしもの世界ってところかな。たーとーえーばー、あなたは、世にも珍しい、私と一緒にいる榛名なんだけど、大抵の世界では、私と榛名は一緒にいれないみたいなんだ。何年経っても、ずっと。だからあなたは、私がもし榛名と一緒にいれたらって世界の人になるわけ。」
コホン。彼女が小さく咳をし、そして話を続ける。
オレは、だんだん何も言えなくなっていく。
お前は、だから
「そんで、パラレルワールドの過去なら、自在に変更しても問題ないみたい。問題ないっていうのは自分自身には影響がないってだけで、未来はもちろんそれによって変わってしまうんだけど。」
「なるほど、な」
「えっと、それで最後はなんだ?"私"のいた世界と榛名の世界の関係だっけ?それはまあ、あるもんはある。みたいなもの?アメリカと日本みたいな関係だよ。ただ移動手段が限られてるだけ。陸路や航路がないだけ。」
アバウトだ。わかりやすくはあるが。
しかし、本当にそれ以上の説明は出来ないのだろう。
「あーでも、この二つの間の時間の移動も自由なんだよね。これはやっぱり自分に影響がないからだと思う。私は向こう行ったことないからわかんないけど心当たりはないかな?一日をどっちかで過ごしても、元の世界に戻ったら一分も過ぎてなかった。とか。」
無きにしもあらず。が、正解。
時間を移動した記憶は無いが、元の世界に戻ると、時間の感覚が微妙に狂うというか。
あれは多分そういうことなのだろう。漸く謎が解けた。
「でもまあ、肉体が生きられる時間は変わらないから気をつけてね。肉体は一日をちゃんと過ごしてるんだから。」
それは、一日のブランクが、そのまま一日のブランクになると言うことだ。
あまりにこちらに入り込めば、野球が疎かになる。
今まで、一日以上彼女に巻き込まれることはなかったが、もしもそうなったら、オレはどうするのだろう。答えなんてわかりきっているのに、オレは思った。
2011/04/21