また始まる
数ヶ月振りに穴に落とされた。
「なんなんだよ今度は!お前女王ともう会わねーって約束してたろ!」
「怒らないでよ。今回はこっちの世界も関係あることなんだから、いや、あっちかな?」
こっちだかあっちだかそっちだかは知らないが、理由はどうあれいきなり人を穴に叩き落とすのはやめてほしい。
それにしても、だ。穴を落ちた先にあったのは、前々回と同じあの部屋であったわけだが、なんとなく何かが前とは違う気がする。
いや、その前に、彼女の発言につっこみをいれるべきか。
「つまりどういうことだよ?」
「榛名は世界系と呼ばれるお話をご存知かな?」
「セカイケイ?」
「世界系のお話ってのは、わかりやすく言えば、主人公達の働きがなければ、世界が破滅しちゃう。みたいなスケールのデカい話なわけなんだけど」
「それがどうしたんだよ」
嫌な予感。まあ、こういう予感は大抵当たる。
「今回は私達が動かなきゃ、榛名の住む世界が破滅します」
「それは、また……」
なんと言えばいいかがわからない。
そういう話には、大抵、その主人公が動かなきゃならない理由があると思うのだが、まずはそこのところを説明していただきたい。
オレでなければならない理由はなんだ。
オレは、この間夏大を終えて、三年生が引退をしたために、部内で最高学年として下の学年引っ張って行かなければならないだけの、ただの普通の高校生である。
というか、宮下先輩がいなくなった今、フォローの上手なマネージャーがほしいところなのだが、まあ、言うまでもなく彼女にだけは絶対頼まない。オレがフォローする側になるのは確実だ。
「詳しい話は後にしよう。ここにいると"私"がくるかもしれないから」
「は?」
「ん?」
ああ、言い忘れてたけどね。と彼女が笑う。笑っていうことじゃないような内容をさらりと。
「ここはまあ、過去の世界なんだ」
「それは、なんとまあ……」
「私達は、マッドハッターを迎えに来たの。榛名の知らない方の、ね」
また、タイムパラドクスとか、そう言った意味でも面倒な事をしてくれる。
付き合うこと自体には、それ程面倒さを感じてはいないけれど。
「ざっくりで良いから、理由説明しとけ。お前がお前と会ったらやばいっつーなら移動しながらでもいーから」
「りょーかい。じゃ、まずはドアを出ようか。」
そう言って、彼女はドアノブに話しかけて、小さなドアを大きくして扉を開いた。
なるほど。彼女はこうやってこの扉を出入りしていたのか。
「あー、道のりは遠い、かな。これは」
扉の向こうは、大海原だった。
そして、ここは多分無人島。
「まあ、説明する時間もあるし丁度いいね。それに、こっちの私はまだ、イナバのウサギの真似事はしてないだろうし、その手を使おう」
おい、この女を早く止めろ。早速タイムパラドックスのお出ましだ。
「なに、安心しなよ。過去は過去でも、直接の過去ではないんだから」
「はあ?」
「まあ、所謂平行世界ってヤツ?古今東西、どんなタイムトラベル物でも扱われてきた便利な世界だよ」
"どんな"というのが言い過ぎであるのは言うまでもない、が。
問題がないというのはなんとなく理解出来た。
無論、他の問題というのも、既に浮上しているわけだが。
「オレはお前みてーにぴょんぴょんジャンプ出来ねーからな」
バタンと後方のドアが勝手に閉まった。
後戻りは出来ないらしい。不気味な洋館よりはマシな状況、なのだろうか?「あ、じゃあどうしよう」
プランBも考えておけバカめ。
つーか、お前は今までそれ以外のどんな手を使ってこちらからあちらに移動していたんだ。
「時間かかるけど、引き潮を待つか。そうするとあそこらへんに道が出来るんだよね。」
「その案を先に言え」
「だから時間かかるの。別にイナバのウサギの真似が楽しかったわけではない」
楽しかったんだな。というのは指摘せず、オレは無人島らしきこの場所の全体像を把握する為に振り向くと。
いた。
優雅にお茶会を楽しんでいる彼女が。そして、多分、向かい側にいるのは。
「あー、マッドハッター、あれはなんだろう?」
その台詞に、彼女が振り返る。
知ってるか?ドッペルゲンガーに会うと死ぬんだぜ。
だからお前は、アイツを見ない方が良いと思う。なんて言う暇も無ければ、言ったところで、彼女は聞く耳も持っちゃいなかっただろうが。
「お前、みたいだな。多分。」
「また?」
こっちの世界の彼女が言う。また?と言っただろうか。"また?"と。
「また来たの?私からマッドハッターを奪いに。無駄なのにね。無駄なのにね。」
大事な事だから二回言ったのか。
オレの知る彼女より、その彼女はずっとこちらの世界に馴染んでいる。
「またってどういうことかな?」
冷静に彼女が訊く。
「あなた達の世界が壊れても、私には関係ない。あなたみたいなのが何人も来たわ。マッドハッターが必要だって。すぐに返すからちょっと貸してってね。」
「へえ、でも貸さなかったの?」
「マッドハッターがいないから貸してって言うわけでしょ?そんな状態でマッドハッターを借りたら、私なら、返さないもの。だから、絶対貸せない。」
「オイ、勝手なこと────」
と、言いかけたところで、彼女が舌打ちをした。オイ、図星かよ。まあ、彼女が言うのだから、そりゃあ間違いはないのだろうが。
「負けないからね。だから絶対奪われない。だから無駄。マッドハッターがいる私と、マッドハッターがいない私じゃ、マッドハッターがいる私のが強いもの。その隣の人が誰だかは知らないけど、多分その人がいても」
「あれ?知らないの?」
こちらの世界の彼女の境遇は、多分、オレの隣にいる彼女の境遇となんら変わりないと思うが、名前を知っていようと、小さい頃に離れ離れになったオレをわかる筈がない。だから知らないのは当然だが、多分、この知らないの?は、そういう意味ではないのだと思う。
「じゃあ今まで来た私は、アリスとは一緒じゃなかったわけ?」
小さく、『おっかしーなー、私はじゃあなんの為に来たんだろ。』と呟いた彼女。そのセリフに違和感を覚えた。お前みたいに世界を救いにきたんじゃないのか?
「へえ、彼、アリスなんだ?ふぅん。まあ一緒じゃなかったよ?大抵はチェシャか、たまに三月ウサギと来てたけど、壊れちゃった世界には興味がないな」
うむ。隣にいる彼女が言いそうな台詞である。
こいつ冷たいんだよなー。自分が一番というか。募金とか大嫌いだし、同情って言葉を知らないような奴だし。
「なら、安心した。私はアリスのいる黒ウサギだもの。あなたには負けない。かもしれない。」
弱気だな。
その弱気は、きっと、マッドハッターに対する愛なのだろうが、それがまた、ムカつく。
というかこれは、バトる方向か。この話初のバトルシーン突入か。
「……つーか、やっぱ面倒って言っていいか?」
そう言ったところで、彼女はオレを巻き込むだろうけど。
それも、愛、なのだろうか。
2011/04/10