選択される


「オレを選ぶに決まってンだろ」

私が返事をする前に、榛名が勝手にそう答えた。

女王が不愉快そうに顔を歪める。綺麗な顔はどうなっても綺麗で、それはもう、恐怖を感じさせてくれるくらいだ。

「マッドハッターってのが生きてようが、こいつもオレも、そもそもあっちの人間なんだから帰らないわけねーっつの。」

「あなたそんなにその仔うさぎが好きなの?」

「は?ベツに好きじゃねーよ」

榛名のその台詞に傷付かない私も、多分榛名を好きなわけでは無いのだろう。だって私は、マッドハッターが好きだ。今更だけど、今更気付いたけど。

「好きじゃねーけど、大事なんだよ」

それは私も同じだった。だから私は榛名を助けにきた。大事だから助けたかったのだ。好きなんて程大人びた感情じゃなくて、これは子供の頃のままの、拙い独占欲だった。

「私には選べないけど、でも榛名がそういうならそうします。私は、榛名と帰ります。」

「そう。それでいいの。他人任せね」

「どんな人生だって、最終的な判断は大抵他人に任せるじゃない。学校の面接も、ううん。産まれてくることさえ、親が自分を選択してくれなきゃ出来ないんだから。ところで、一応訊くけど、マッドハッターが生きてるっていうのは本当?」

「嘘よ。当たり前じゃないの。」

「あー、やっぱり?」

つまり女王は希望をちらつかされ、戸惑う私を見たかっただけか。バレる嘘を吐く理由なんてそれ以外ないだろう。なんて悪趣味な人だ。

「まあ、そんなあなたが私はわりと好きなんですけどね。今も、昔も」

「私はずっと嫌いよ。私のことも、あなたのこともね。」

本気なのかわからない台詞を吐いて、女王は自分のドレスのポケットからトランプを二枚取り出す。

そして、私達に見えないように、まるで婆抜きでもするかのようにそれを持つと、彼女は榛名に向けて、選びなさいと一言言った。

「なんでオレが選ばなきゃなんねーンだよ」

「ベツに、あなたはこれを選ぶだけで元の世界に戻してあげるわ。あなたが選べば彼女にもチャンスをあげるけど、選ばないならどちらも戻さないわよ」

「じゃ、こっち」

さほど考えず、榛名は片方を指差した。それと同時に私の手を強く握る。

「じゃあ、こっちはいらないわね」

そう言って女王は、選ばれなかったカードを私達に一度見せてから握りつぶし、そこらへ投げ捨てる。ちなみにハートのクイーンだった。とんだ出来レースだと私は笑う。

「で、仔うさぎ。彼が選んだこのカードは何かしら。当てたらあなたも帰してあげる。」

「あはは、またそれですか?」

一番最初に、マッドハッターと解いた難題だ。しかし、それ以降、ただの一度も、私はこれを当てたことはない。

握られた手が、緩まり、指と指が絡まって、また強く繋がれる。榛名はバカだ。きっと私がこれを外しても、傍にいてくれるつもりなんだろう。

なら、外したり出来るわけないじゃないか。大事なあなたの夢は、私の夢でもあるのだから。

「だって私、これの答え、変えたことありませんよね」

「また変えないって言うの?」

「ええ、もちろんです。それ、私が一番好きなカードでしょう?」

「あなたって本当にバカね」

「今更じゃないですか。そんなの」

女王がカードをくるりとひっくり返して、私に見せた。ほら、やっぱり。

「ハートのクイーン、ですね」

「ええ、そうね」

なに、イカサマってわけではない。彼女は別に、そんなルールを"同じカードを二枚使わない"なんてルールを定めてはいないのだから。

マッドハッターなんて、イカサマを使ってはいけないなんてルールはないとか言って、堂々とイカサマを使って勝利をおさめていた。

榛名がどちらを選んでも、私が勝てるようにしてくれたのか、それとも単純に私を騙そうとしたのかはわからないが、そのカードをわざわざ使ったということは、多分前者だろう。

彼女は寂しい人だ。優しくて寂しい人だ。自分の感情を伝染させ、人の中で増幅させる彼女が、私は怖かった。

「でも、女王様。あなたが私を選ぶなら、私ここに残りますけど」

「選ぶわけないじゃない。失せなさい、このバカ」

女王は私が嫌いだ。私が本当に大嫌いだ。そして榛名のことはもっと嫌いなのだろう。

だって女王は白ウサギが好きだったのだから。

だから白ウサギを奪った榛名や私から大切ななにかを奪おうとして、うまく出来なかったから、マッドハッターを殺した。

そもそも彼女がマッドハッターを殺すことになってしまったのは、私が彼女を尚更苦しめたからだ。

私さえいなければ、彼女がこんなに狂ってしまうことなんてなかっただろう。

彼女に嫉妬する権利なんて、私には、そもそもあるわけないのである。

「……女王様。もういいです。悪趣味は私だって認めます。でも謝りません。精々私を嫌ってください」

「言われなくてもそうするわ」

私は、榛名の手から離れて、彼女の頬に手を添える。

「私も、本当はあなたなんか大嫌いでしたよ。」

だから生きてて下さいなんて言えなかった。

ずっと、彼女は"これだけ"を言って欲しかったに違いないから。

好きだということを意味する言葉が、彼女にとって苦痛以外のなんでもなかったというのを私は知っている。

知っていたのに、私はそれを与え続けたのだが。

「私は、誰よりもあなたが大嫌いです。だから、安心して下さい」



2011/01/23
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