夢と現の間
毎晩毎晩夢を見る。
不思議の国と呼ばれる場所で、黒ウサギと呼ばれながら生活している夢を見る。
それはそれは退屈しなくておかしい夢だけど、でもやっぱり足りないのだ。そこには榛名がいないから。
昨日の晩の夢は、マッドハッターが死んだ日に、私が自分の仕えていた女王をチェシャ猫と共に封印する夢だった。
チェシャ猫はいつも誰にも協力しないような、そんな奴だったのに、珍しく私に協力してくれたのである。
そういう意味で、なんだかとても気持ちの悪い夢だった。
朝、呼び鈴が鳴った。今日は彼が迎えに来る日なので、私はそのつもりではーいと返事をしながら急いで玄関へと向かう。榛名は待たせるとうるさいのだ。
「おはようはる、な?」
確認もせずにドアを開けると、そこには小学生くらいの女の子が立っていた。フリルのついたスカートがフワフワしていてとても可愛い。うちはマンションだし、部屋を間違えたのだろうか。それにしたって、どこかでみたことのある気もするのだが。
「お姉ちゃん!アリスのお兄ちゃんが大変なの!」
「アリス?なのにお兄ちゃんなの?いや、アリスさんのお兄ちゃん?それともあなたのお兄ちゃん?」
「お願い助けて!"黒の"お姉ちゃん!」
なるほど。
私はまだ夢から醒めていないらしい。退屈しないこの夢大好きだ。榛名が出てくればパーフェクトだと思うくらい大好きなのだ。
そんな夢の中なのだ。私は当然、有無など言わずに、是非なんて考えるまでもなく、損得なんて丸無視をして、この女の子を助けてあげることにした。
どうりで見覚えがあるわけだ。彼女は、不思議の国のねむりねずみじゃないか。
「わかった。助けてあげる。私は何をしたらいいの?」
そう言ってあげれば、泣きそうな顔をしていたねずみは、嬉しそうなパアッと花が咲いたような笑顔を見せた。
「まずはお姉ちゃんのポケットにある時計を動かしてほしいの」
「時計?」
ポケットに時計を入れた覚えはない。言っていることの意味はわからなかったが、ここはあくまでも夢の世界だ。入っていてもおかしくはないので、私はポケットを探ってみた。
すると、手が硬くて冷たい物に触れる。やはり時計はここにあったのだ。私はそれをポケットから取り出してねむりねずみに見せる。
「この時計?」
「うん。早く動かして!」
カチリとネジの部分を押せば、秒針が動き出した。ねずみはそれを見て満足そう笑うと、欠伸をし、眠そうに目をこする。
「早くしないと寝る時間になっちゃう。私はお姉ちゃんと違って寝る時間や起きる時間を決めることが出来ないから、急がないと」
「うん。それで次はどうすればいいの?」
「でもね、三日月のお兄ちゃんは捕まったみたいだから、ウサギの穴を作れる人は、私の知り合いでは、お姉ちゃんと……ううん。なんでもない。お姉ちゃんしかいないの。」
「んん?どういうこと?」
「思い出して。黒ウサギのお姉ちゃん。お姉ちゃんだけが頼りなの」
「そんなこと言われたって」
「早くしないと、アリスのお兄ちゃんが、」
さっきから、アリスと聞く度に思い出す顔があった。
"アリス"とは全く思えないような人だけど、もし彼が本当に大変なんだとしたら、私は私の記憶にないことだって思い出してやる。
例え、大切にしていた記憶の綻びに気付いたって、私は彼を助け出す。
そして私は、確証はないけど、確信した。多分、アリスは彼なのだと。
その瞬間、何かがゆっくり目を覚ました。それがなんなのかは、まだぼんやりとしかわからないが、不思議な力を感じた。これは、そうだ。私の魔法だ。
「そう、時間がないなら急がないとね。」
ゆっくりと、偽物が本物に、本物が偽物になっていく。
記憶が混ざる。頭を撫でた手のひらも、私に差し伸べられた右手も、それは、偽物であり本物で、わけがわからなくなりそうになる。
それでも、私は、その整理されていない本棚から、必要な情報だけを取り出した。時間がないのだ。違う。時間がないわけが、ない。
「いや、そうだ、時間は私が決めるんだ。」
そう言って感じるままに集中してみれば、突然、別世界に入ったかのように周囲が暗闇に包まれ、そして足元にポッカリと穴があいた。落ちていく身体。しかし恐怖はない。
私はこの先にあるものを知っているのだから。
2010/12/03