彼女は世界を見下ろしていた


友達になろう。そう言って、そう言われて友達になったことなんて、今まで無かったと思う。

それは彼女もそうだったようで、彼女は、なんか照れるね、改めてこんな話って。と呟いた。

オレも、彼女も、ただプライドが許さなくて、こうなっているだけだったハズなのに。

「で、明日からどうするッスか?」

「はい? 何が?」

運ばれてきたコーンスープをスプーンで掬いながら、彼女は答えた。

「いや、佐倉っち、オレと学校で話してたら、またなんか友達に言われるんじゃないッスか?」

オレが心配するのはおかしいかもしれないが、彼女がそれで気分を害して、オレに八つ当たりをしてこないとも限らない。

楠岡に対する彼女のバイオレンスな態度から察するに、彼女は友達には容赦しない気がするのだ。そして、オレは今、彼女の友達になったわけで。

「あー、別にいいよ。ほっとけばすぐ忘れられるよ、あんな噂」

「あんだけイライラしてた癖に」

「まーね、そりゃ、失恋した後にあんなわけわからん噂流されりゃイライラするって。でもまあ、そろそろ一週間経つしね」

私もそろそろ飽きたよ。と、一途なハズの彼女は言った。

「はい?」

「はい? って? あ、黄瀬くんのミネストローネ来たよ」

「いや、ミネストローネじゃなくって。佐倉っち、飽きたってなんスか」

「黄瀬くんもさ、友達とじゃれたりするじゃん? あのイライラなんて、まあ、半分はそんなんだし。半分は殺意だけど」

じゃれ合い気分じゃない方の半分が怖すぎる。

「佐倉っちって、何が大切なのかイマイチわかりにくいッスよね」

「そんなん簡単だって、自分と、家族と、例のあの人と、それと、友達」

大切にしてやるから覚悟しなさい。と、演じてるかのように不敵に微笑み、彼女はコーンスープを口に含む。

オレは彼女がそれを飲み込むのを見届け、そういえば、と口を開いた。

「聞きたいこと、もう一つあったんスよね」

「なに?」

「いや、なんか佐倉っちって、微妙に抜けてるッスよね」

「いきなり喧嘩売ってんの?」

「だって今日、用事できたら連絡しろって言ってたッスけど、佐倉っち、オレに連絡先教えてくれてないし」

「あれ? そうだっけ?」
そう言いつつ、手を一度止めて、携帯を取り出す彼女。

「本当だー。入ってないや」

「赤外線でいいッスか?」

「ん。ちと待ってね」

かちゃ、とスプーンを起き、止めていただけの右手も使って、彼女は携帯を操作し始めた。

デコったりしていない、黒い、可愛くもなんともない。そんな携帯。よく見てみれば、傷だらけだが、二年も三年も前の機種ではなさそうなので、彼女の雑な性格のせいだろう。

「受信? 送信?」

「あ、じゃあオレ受信するんで」

「まあ、そのーがいいかもね。私送り忘れる可能性高いし」

そんなやりとりの末、メアドは無事交換完了した。

雑なわりには、几帳面なところがあるのか、彼女のプロフィールには、住所や誕生日まで登録されていて、相変わらず、基準のわからない人だと思う。

「そういえば、結構ガッツリ頼んでたッスけど、もしかして食べてないんスか?」

「あー、連絡先教えてないなんて思ってなかったんだけど、連絡待つのも面倒だから、直接予定きいて行動しようと思ってて」

「試合終わったあと、どこで暇潰してたンスか」

「ギャラリーっていうのかな? あの、体育館の上のとこ。あそこに忍び込んでずっと見てたよ。練習も」

「え、マジッスか」

「マジマジ。バレてなかったかー。あそこ、ファンの女の子もあんまりいないよね。寒くもないし」

体育館のギャラリーは、基本的には開放をしていない。部の人間は入ったりもするが、それこそ、ファンの女の子なんかはあそこには立ち入れないようになっている。

「どうやったんスか」

「忍び込んだって言ったじゃん」

「それをどうやったかきいてるんスよ」

「言ったらこれから忍び込めなくなるじゃないの」

「別に、告げ口するつもりできいてるんじゃないんスけど」

「わかってるよ。好奇心でしょ? でも、秘密は話すと、いや、話さなくともどこかから露見するものなんだよ」

それは、暗に、楠岡のことを言っているのだろうか。

「黄瀬くんは、面倒なことは人には言わないと思ってるから、信用してるけど、でも言えないこともあるって」

その彼女の言葉をききながら、オレはミネストローネに口をつけはじめた。

少し不服に思ったのが態度に出ていたのか、彼女がため息をつく。

「今度ね。今度があるなら、きっと教えてあげる」



そんなことを言う彼女は、オレを信用はしてても、きっと信頼はしてないのだろう。

まあ、そんなこと、オレも言えないので、どうでもいいことだが。



2013/09/28
これで一旦終わり
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