後日譚とプロローグ
「おー、モデルくんじゃん」
「なんスか、その荷物」
一日の大半を彼女と過ごした一昨日。結局彼女は自力で泣き止み、この事を、クラスの小原と松本とクズ岡には言うなとオレに念を押して帰って行った。
ちなみに、彼女がクズ岡と言った人には、楠岡という本名がある。
彼女には彼女の、そんな友達がいて、オレにはオレで友達と呼べる人間がいて、彼女の面倒事を避ける性格からして、明日からは絡まないだろうと思っていたら、またもや彼女はオレの予想から外れて動いた。
昨日、彼女は休みだったわけなのだが、一日ぶりに学校で会った彼女は、その華奢な体躯に似合わない、重そうな紙袋を両手に持って登校してきていて、一昨日のアレを見たあとに、いつもの目立たない彼女から一変して、と言っていいのかはわからないが、とにかく注目を集めていた。
「今度部活に使うんだよねえ、この荷物」
「それ、全部佐倉っちが運ばなきゃいけないもんなんスか?」
「や、実際に必要なのはぶっちゃけこの半分くらいでね。今度劇で布使うから頂戴。ってうちの母に言ったら、こんなにはいらないっていうのに、使わない端切れやらを大量に寄越し、強引に全部持ってけと」
「こんなに布かあるってどんな家ッスか」
「うちの母、手芸好きだったのよ。でも、最近は作ってないからさ」
「ふーん」
女子に目を付けられるのを嫌がる彼女だ、嫌がるかとも思いつつ、とりあえず、持つッスよ。と、紙袋に手を伸ばせば、案外あっさりと、あ、いいのー?と片方を渡してきた。
「あー、あのさ、もしかしたらクズ岡になんか言われるかもしんないけど、黙秘してね」
「なにかってなんスか?」
「あれ、見られてたみたいでさー。あいつんち、あの辺の近所らしくって、黄瀬にフられたから学校こないの? って昨日メールが来た」
それはつまり、クズ岡、もとい楠岡が、あの格好の彼女を彼女だと判別出来たということなわけだが、縁の細い、青い眼鏡を掛けて、適当に一つに髪を結んで、規定通りの制服に身を包んだ、常にすっぴんの彼女が、あの派手な彼女と同一人物だと判断出来たというわけだが、それはにわかに信じ難い気がする。
待ち合わせをしていて、それで声をかけられなければ、オレだってわからなかった。
いくら仲の良い友達とはいえ、いや、仲の良い友達だからこそ、普段の印象によって、わからないというものではないのだろうか。
「で、詳しくきいてみたら、あの場面を見られてたわけですよ」
「あの格好でわかるもんなんスね」
「ああ、クズ岡にあの服選んでもらったからね」
「なるほど」
そんなことしてもらっているのに、クズ岡呼ばわりなのか。そう思った。
教室に入るや否や、噂していた楠岡が話し掛けて来た。
既に彼女は、途中で、部室に荷物おいてくるよーと、離脱していて、楠岡は、彼女がいないことを確認してオレに話し掛けたようだ。
「あっ、黄瀬、お前さ、日曜日にみなみとデートしてたろ?」
(さて、どうしたもんスかねえ)
否定しても面倒なことになりそうで、肯定したら根掘り葉堀りきかれるに違いない、そこから黙秘すれば、それはそれで変な推測をされそうだし、言える事だけ言ったとしても、それだと、言えない事が何故言えないのかが変に噂になることだろう。
と、なれば、だ。
「佐倉さんがどうかしたんスか? 多分会ってないと思うッスけど」
「え?」
「日曜日ッスよね?」
彼女のあの派手な格好を逆に利用するしかないだろう。
オレは、あれを佐倉みなみだとは知らなかったことにする。
「あ、だからみなみ、黄瀬にはなんも聞くなって……や、なんでもねーわ、わりい」
言ってもいないこと、言われてもいないことを察したつもりになって、勝手に納得する楠岡は少し滑稽だが、彼女がクズ岡呼ばわりする理由もわかる気がしたが、それでも、まあ、多分これは優しさなのだと思った。
「で、まずいことになったよモデルくん」
「何がッスか」
女の子達の目から逃げるように人気の無い場所をウロついていたら、待ち構えていたようにそこにいた佐倉っちに捕まった。
「モデルくんがなんて言ったのかわからないけど、クズ岡は完全に私がモデりゅく……モデルくんに恋してると勘違いしている」
「演劇部も噛むんスね」
「うるせえよ、黙れ」
「そう言われても、オレ的にはベストな誤魔化し方をしたつもりなんスけど」
「モデルンはコトの重大さをわかっていない」
「え、縮めるンスか。噛まないようにッスか。え? もしかして佐倉っち、楠岡のこと好きなん」
「キモイ想像しないでくれるかな。吐き気がする」
「じゃ、何が重大なんスか」
「クズ岡は交友関係が広く、口が軽い」
「なるほど」
「瞬く間に、その噂は学校中に広まるだろう。しかも地味でダサい、略してジミダサな私がモデルンとデートなんて、オサレなモデルンファンは、はあ? って思うに違いない」
「略すのマイブームなんスか?」
そして、彼女の予想通り、翌日には、オレと彼女のデートは尾ひれの付きまくった噂となっていた。
そしてわかったのは、彼女がその事態を避けたがっていた本当の理由だ。彼女は別に女子が面倒とか、そんな理由でオレを好きだと思われたくなかったのだと思う。何故なら、自称・地味で、ダサかろうと、彼女のクラスでのポジションは決して弱いものではないからである。つまり、そんな噂をされても、いじめの標的になるキャラクターではなかった。
彼女は、ただ単に自分のプライドが傷付けられる事が嫌だっただけなのだ。
ちなみに、フられたという事実は、本当のことだから特に気にしていないらしく、つまるところ、彼女が気に入らないのは。
「いや、ホント、私が黄瀬涼太好きなわけ無いじゃん。性格からして考えてみ? そもそも、私あの人と話したこと殆どないし、あの日はたまたま会っただけだし、泣いてたって、あんたの目が腐ってたんじゃないの?」
「いや、わかってんだからさ、お前変装までして告ったんだろ?」
「だから勘違いだってば、そもそも告るのに変装してたら意味ないじゃん」
「想いを伝えるだけで良かったとか? いやー、乙女だな、オイ」
「この少女漫画脳が」
オレを好きだという皆の勘違いが気に入らなくて仕方ないらしい。
真実を伝えない限り、その勘違いを正すことは出来ないだろうし、それは、彼女が変に意地を張るのが悪いだけなのにも関わらず、ため息を吐きながらこちらを見るのはやめてほしい。というか、それも勘違いの原因になっている気がしないでもない。
(それに、オレのプライドだってあるんスけど)
ぶっちゃけてしまえば、オレを好きだという、そんな勘違いでプライドが傷付くという認識は、こちらのプライドが傷付くのだ。
惚れさせてやる。とまでは思わないが、多分、あのモデルくんという呼び方から、彼女はオレをバカにしている気がする。
彼女にとって、オレはたかがモデルなだけの人なのだろう。そして、彼女にとっては、モデルという仕事は、そんなに尊敬すべきものではないのかもしれない。
しかし、それは、流石にこちらのプライドが許さないというものだ。
「佐倉っち、ちょっといいッスか?」
「うえ? どうした、も……や、黄瀬くん」
「今度、試合観にこないッスか?」
「は?」
彼女の会話相手の楠岡が、一瞬ほうけた顔をして、おー、いいじゃん行ってこいよ。とニヤニヤしながら言った。
佐倉っちは、そんな楠岡の頭をはたきながら、小首を傾げる。
「なんで?」
「別に、オレには、アレを黙ってる義務は無いンスけど」
そして、彼女はあからさまに不愉快そうに舌打ちをし、そして黙ってこちらをみている。
オレはそれを了承と捉えて話を進めた。
「今度の土曜、うちの学校でやるんで、昼過ぎに来てくれれば良いッスから」
「わかったけど、女の子の壁を掻き分けてまで観るのは面倒だし、寒いのは嫌」
「ああ、そこはオレがなんとかするし、心配しなくていいッスよ。というか、壁って程には、最近はいないと思うッスけど」
「……わかった」
土曜日ね。と、演技なしに面倒臭そうな彼女の態度。この態度から楠岡も、彼女が本当にオレのことを好きではないことを理解しそうなものだが、未だにニヤニヤしているところをみると、まだ勘違いしているか、逆にわかっていてからかっていたのかもしれない。
2013/09/28