ある土曜日の朝
朝食を食べながらテレビを見ていたしほ子は、携帯のバイブ音に気が付き、箸を動かす手を止め、電話に出る。
それは、今日のデートのキャンセルの電話だった。
「緑間くんって変わってるよねえ」
食べかけの朝食を片付けながら、彼女は電話越しに笑って彼にそう言った。
電話の向こうの彼はどんな顔で私にこんな電話を寄越してきたんだろう。と、少し想像してみるが、それすら彼女には想像できない。
「まあ、そこが、好きなんだけど」
『オマエはどうしてそういつも……全く理解不能なのだよ』
飽きれたように言う彼。その言葉に、如月は苦笑いする。飽きれているのはこっちなのに。と。
「まあいいわ。今回のデートは、今日の緑間くんと私との相性がやばく悪いみたいだし勘弁してあげる」
『何故それを知っているのだよ』
「こういうこともあるだろうから、私も今日は見てたの。最近はいつも緑間くんがわざわざ連絡くれるし気にしてなかったんだけどね」
『別に、それだけが理由ではないのだよ』
「わかってるって。うお座は運勢最悪だから、外出しない方がいいみたいだしねえ」
うお座とは、彼女の星座である。彼が、自分との今日の相性だけでデートをキャンセルしてきたのだとしら、そりゃあ少しは彼女も抵抗はせずともムッとして、嫌味で彼の中学時代の友人や、高校での友人を誘って出かけてやったかもしれないが、彼はあくまでも彼女の身を案じてくれているのだ。
「まあ、でも、会えないんだからちょっとは電話付き合いなさいよね。今日午後練だけなんでしょ」
携帯を耳と肩の間に挟みながら、食器を洗い始める彼女。かちゃかちゃというノイズが、緑間の耳にも届く。
『オマエはあまり器用ではないのだから、無理はやめるのだよ』
「あれ、気付いたの。食器洗うの。なに? 電話もしたくないわけ? 相性悪いから」
『そもそも、俺は、買い物に行くのを断っただけなのだよ。デート自体は断っていない』
「はあ?」
『早く玄関をあけるのだよ。いつまでまたせるつもりだ』
緑間に聞こえるように、深くため息をつき、如月はゆっくりと手から泡を落とす。
「着替えるから、三分待って」
そう言い、タオルで手をふき、電話を切り、あわただしく着替えをする彼女の顔はにやけていた。
そしてジャスト三分で玄関の戸を開け、如月は緑間を家へと招き入れようとするが、なぜか、すぐに思い直したように、彼が靴を脱ぐ前に、待って。と、声をかけた。
「ごめん。やっぱダメ。占い当たってるから」
「どういうことなのだよ」
「実は、風邪ひいてるの。多分、だから相性最悪で、うお座は外に出ない方がいいのよ。移したくないから帰って」
多分、家も風邪菌で一杯だし。と、申し訳なさそうにいう彼女。
しかし、緑間は、そんな彼女をよそにカバンをから何かを取り出す。
「そんなことだろうと思っていたのだよ」
「はい?」
「今日はこれを届けに来たのだよ。どうせ、オマエは一人暮らしなのにもかかわらず、風邪薬すら常備していないだろうと思ってな」
彼がカバンから取り出したのは、袋に入った風邪薬と、青いネクタイであった。
差し出されたそれを受けとりながら彼女は言う。
「え、なんで」
「昨日、夜に電話した時から鼻声だっただろう。それくらい気付いていたのだよ」
「で、このネクタイは」
「見ていたのだろう。今日のうお座のラッキーアイテムなのだよ」
「ああ、そういえば」
「とにかく。今日はそれを飲んでゆっくりしているのだよ。どうしても食器を洗っておきたいというのなら、それまでは話に付き合ってやる」
「え、あ、ありが……って、ちょっと、まっ」
彼女の制止も聞かずに、先ほど袋と一緒に取り出したマスクをつけ、緑間はズカズカと家にあがる。
「早くするのだよ、俺が部活に遅れたらどうする」
「全く、病人なんだからもっといたわって欲しいもんだわ、まあ、そういうところも好きだからいいけど」
「……いい加減にするのだよ」
「やーだ」
部屋に置かれたソファーに座り、ため息をつく緑間を横目に、また少しだけにやけながら彼女は食器の洗浄を再開する。
結局あまり会話はしないわけなのだが、視線に満足するらしく、運勢最悪な彼女の一日は、そんな感じで最高のものになったらしい。
2012/09/10